第三話 鎮守の森
(珍種の森ww)
鬱蒼と茂る緑深き木々。澄んだ空気に垂れこめる湿気。
生態のわからない動物達の鳴き声。
時々動くキノコみたいなもの。
そんな中を一通り見渡して、踏み入れて足を止めると覚は髪をかき上げた。
「さて……ちょっくら獣がくるまで散策するかねぇ」
鳴き声がするものの、お目当ての獣がいないらしい。覚はひと伸びすると、足を前へ進めた。
「はあ、獣とか出たらどうするんだよ……ヤオ様の馬鹿」
そんな所で不意に力なくうな垂れたような声がした。
「ん?」
覚が振り返るとそこにはフェイがいた。どうやら追いついたらしい。
「あんさんも来たさね?」
「あ、うん。ヤオ様も、あと一応俺も土の領域にあるから。それなりに役に立てるかな」
へらりと笑う覚。
「助かるさね。ま、獣は気にするでねぇ、あっしのひと睨みでもうこの島のやつら家来だし」
「すげーな、覚」
感嘆したように覚を見つめるフェイ。
家来と断言するあたり、彼の言うとおりすごいかもしれない覚。しかも来たことのない場所である。足元をナメクジと蛾が合体したような生物が通りすぎる横で、よく言える。ここが普通の女の子であればひとたまりもないだろう。頼もしい限りだ。
「んじゃ、俺は枯れ葉集めとかに集中しようかな」
頼もしい覚に少し気が楽になった(しっかりw)フェイは自分に見合った仕事をすることにした。
それにふと覚は立ち止まると、フェイの方に向き直った。
「あんさんは何かほしい肉とかないさね?」
肉の種類を選べるほど狩れるのかどうかわからないが言う覚。「食えればいい」と先ほどデュークからは言われたものの、もう少し限定したいようだ。
「うーん」
そこで一旦黙りこむと、不意にフェイは恐る恐る聞いた。
「って生け捕りなのか……?」
「に、近いさね。あまり無駄に恐怖与えたくねぇから気絶させて首折るとか」
「……!」
さらりと生々しいことを言ってのける覚に青い顔で絶句するフェイ。覚は仮にも妖怪だし、山育ちだ。別に気にしない。しかしフェイにはショッキング過ぎたらしい。
― やべー、可愛い顔して覚こえーよ…… ―
「ってあっし普通の顔してたさ?」
首を傾げる覚のそばで内心ぶるぶると震えるフェイだった。そして心を読まれたことに気づいていないと言う。
しかしそんなギャップの怖さの中、一つだけ同意できるものが彼にあったらしい。
「あ、でも無駄に恐怖を与えないってのはいいな、うん」
笑うフェイ。しかしそんな彼に覚はふっとため息をついて顔を横に振った。
「この頃の子は自分で自分の食べ物とらねーからなあ」
フェイの少し怯えた様子を情けないと取ったらしい。何気に厳しいママ的な所があるとは神も最近知ったぞ覚よ。しかしブラッディなことはやっぱり嫌いな人は嫌いで苦手なんだぞ。
「食べることは他人の命とるってこと、意識しねぇでさ」
なにやらディープな話になってきたな。そのわりにそばに生えた樹木を興味深そうにつついているので、あまり重く感じられなく思えてくる。しかし声色は真剣そのものだ。
「あ……その辺り、ヤオ様ならわかると思うな……。ん?」
土の神と少し共通点を見出せそうな所でなにか違和感がしたフェイ。あまりにも自然だったので意識していなかったが、覚の顔が怖いと思ったことに覚は答えていたことに気づく。自分は声に出して言ってなかったはずなのに。
― え、……心読まれた?―
だらだらと冷や汗が出てきそうなフェイ。やっと気づいたらしい。それに先ほど己の中で土の神がたびたび言っていた言葉を思い出し、ごくりと唾を飲み込むフェイ。ゆっくりと彼は目を泳がせながら覚を見た。
フェイの動揺をスルーしてふっと柔らかく笑うと、覚は彼の方を見た。
「まぁ、あっしが獲ったものはまずかろうと一口も残させねぇからね」
「お、おう」
少し誤魔化された気がしないでもないのと、笑顔の割に言っていることや目が本気というか少々怖い覚に思わず短く答えるフェイ。気が弱いな。
そんな彼の身に宿る土の神はぼそりと呟いた。
― 簡単に心を読まれよって、馬鹿者が…… ―
― え、何ヤオ様? ―
なんだか怒られたような責められたような感じがして、少し怖気づけるフェイ。しかしその先土の神は無言のまま。それが余計フェイを不安にさせたのか、恐る恐るといった感じで彼は覚を見た。
彼女はというと、何食わぬ顔で先を歩いていた。
― 何でも……無いよな? ―
なんだか心配になってきたフェイだった。
「これが綺子が小さい頃苦労したんだよなぁ……」
くすりと更に柔らかい笑みを浮かべる覚。ただいま綺子のことで頭がいっぱい春爛漫らしい。よって今はフェイも土の神の心も読んでいない。
― 綺子はあの時からちっこくて可愛かったなぁ……―
心の中で呟く彼女。そこでふと気づいてフェイの方に振りかえる。じっと覚を見ていた彼は急に振り向かれたので、少しびくっとする。
「あ、ちなみに綺子は邦雄の母さね」
いや、聞いてないよ覚。と言えるはずもなく、フェイは覚の綺子デレ具合に少し笑った。そして由良神から聞いたかの正岡邦雄を思い出した。ちなみに彼は名城神のとこの妖怪を惹きつける体質を持つ少年だ。そんな彼の母をとても大事そうに話す覚に、フェイはへーと人間思いな彼女の一面に可愛いなぁ〜とか思いながら笑った。
「そっかあ、何だか覚が正岡家のお母さんだな」
が。
「お父さんだ」
!?
即答で冷たく訂正する覚。その顔は真剣そのもの。目が笑っていない。
「あ、ごめん。つい母性をかんじちゃうんだよな……あはは」
若干気圧に押されて引き気味なフェイ。笑いを浮かべる。なんだかおかしいと思いながら、まぁお父さんキャラなのかと思う彼。それもいいかも〜なんて想像しながらため息をつく覚を再び見るフェイ。しかし見ない方がよかったのかもしれない。
「せっかくあっしが光源氏計画立ててたのにあのクソ胸糞悪い餓鬼がだなぁ……」
「……!?」
ぼそりと呟く覚からざっと音が出るほどフェイは離れた。
口元に指をあて、彼女のつりあがった口元はどす黒い笑みを浮かべている。しかも瞳の色が獣のように剣呑な色を放っていて声色まで低い。
― やややヤオ様! 何か怖いから替わってえ! ―
殺される、とがたがたと震えながら自分の内にいる土の神に必死に訴えるフェイ。そんな彼の様子にやっと気づいた覚は慌てて、瞳の色を戻して手を振った。
「ってすまんねぇ、あっし綺子の話になるとダメさね!」
元のへらりとした表情に戻ったものの、やはり先ほど顔は忘れられないフェイ。まだ少し距離を取って彼女を見た。しかし。
「綺子も女だ、あの男は男の中では悪くはない……けど」
少し切ない顔の覚。
それはただ、失恋したとかそういうものでない悲しみがあった。
それにフェイは息をのんだ。結構怖い面もあるし変な所もある彼女だが、やっぱり女の子なんだ。悲しそうな彼女を少し励まそうと手をすっと伸ばした、が。
涙ながら瞬時に手をひっこめた。
なにかを思い出したのか覚がふっと再び黒い笑みを浮かべながら、手短な大木の枝を握り折ったを見たから。しかもその木の割れ目から粘り気のある虹色の液体が出ているし。
「ふむ。何やら解せぬことがあったのだな」
不意に覚が顔を上げると、そこには無表情でこちらを見下ろす土の神がいた。フェイはどうやら引きこもったらしい、もしくは失神したか。可哀想に。
土の神が覚の近くまで歩み寄ると、ぴたりと止まった。落ち着いた彼の瞳を見ると、覚も冷静になってきたのか、ため息をついて頭をかいた。
「いや、あっしが女だから……なかなかうまくいかなかっただけさね」
くしゃりと髪を掴む覚。それを黙って見下ろす土の神。
「普通覚は男しか生まれねぇのに」
手をぎゅっと握る彼女。
そんな覚に目を細め、静かに口を開く土の神。
「ほう。だがそれは、お前が嘆くことではないだろう。……物事は、偶然であって必然だからな」
なんだ土の神格好いいセリフぬかすじゃないか! いやいや別に私は酔ってませんよ! さっきワインを飲んだがな! というか土の神にワイングラス持たせてぇ(名城神自重しろ)
とハッスルな神は置いておいて、目を見開いて土の神を見る覚。
そしてしばらく黙りこみ、息をついて下を向くと覚は言った。
「そうさね……って慰められてしまったさねぇ、照るねぇ」
ちょっと元気になった顔を浮かべながらへらりと笑う彼女。
それにさらりと言葉を放つ土の神。
「そうか? 思ったことを口にしたまでだが」
それに黙って彼を見る覚。
― あれ、何だか和やか? ―
今の今まで忘れられ……黙っていたフェイがなぜだか置いてきぼりな感じがしてならなかった。というかフェイはうまく励ませなかったのに、覚に諭すことができた土の神になんだか負けた感がある。しかもなぜかいい感じ。羨ましくは、ない(某志筑神宅のブレス君風)。
「さすが土の神さね」
― ……雰囲気、申水(しみず)、うちの兄と似てるさね ―
そう思いながら素直に柔らかく笑みを浮かべる覚。心なしか、今までの笑顔の中で綺子の時を考える次に優しい目をしている。
そんな覚に対し少し珍しく照れた顔を浮かべる土の神ヤオ。なにこの小春日和な空気。もうお前らくっついちまえよ。彼の中にいるフェイはそんな土の神を言葉もなく口を開けて呆然と見ているようだ。
「……さて、そろそろ木材やらを集めるか。もうあの馬鹿に合わせるのも面倒だしな」
― ひどい!―
気を取り直して言う土の神に一人なんだか蚊帳の外なフェイは涙がちょちょぎれそうになった。