ある夏の物語[3]



「ほー、あの時にそんなことがあったんだぁ」
 ふむふむとナナトが面白そうに言った。その言葉を合図にあっしは映像を送るのをやめた。すると、あっしらの目の前には元の正岡の書物室があった。少々目が慣れるのを待つとあっしは首を鳴らした。ちょいと長かったな。肩がこっちまった。
 倉子とナナトから離した左手を日記にそえると、あっしは文章の上に描いてある絵を見た。そこには鬼火舞を背景に、吟太郎さんと手をつないでいる綺子の絵が描かれていた。手には女郎蜘蛛ぎぬ菓子を持っているらしい。
 確かにそういえばそんなことがあったような気もする。急に祭りを始める言い出したって事が前にあった。……何のための祭りかいなと思ってたけど、こういう経緯か。まぁあっしはそん時、祭りには参加しねかったけど。人ごみがそんなに好きではないんでね。まぁ鬼火舞だけは見たんだがよ。あれは綺麗だったねー。
 ふと、何かを見落としている気がして、あっしはもう一度綺子の絵日記を読み返してみた。ノートの表紙を見、一からページをめくっていった。結構綺子はこういうことにはまめな性格なのか、毎日飽きずに絵つきで日記が書いてあった。しかしいくら探しても、やっぱりどこにもあれ(・・)がない。
「覚~どしたの?」
「んー、担任の先生のしるしがねーんでさ。見ましたってしるしの。その上どこのページにも先生のコメントがねーの」
「……ん? あっ、そうだね」
「に゛に゛」
 後ろから覗き込んできた倉子とナナトはお互い顔を見合わせるとうなづいた。ということは、この日記は提出してないのか。ま、どうでもいいけど。
 最後のページになってノートを閉じようとすると、ふと目に「コメント」という字が飛び込んできた。しかも、綺子の字だ。
「おお? なんか書いてるね」
 身を乗り出して言うナナトが口を出して読み出した。
「え~と、『これは本当のわたしの絵日記だけど、みんなのことを書いちゃってるから先生に渡せなかったのです。でも、これが本物です。だから残すことにしました。』……ってへーっ。そうなんだぁ」
 ナナトのそばで倉子も綺子の文面を呼んで納得していた。確かにどのページにも妖怪のことについてばかり書いてあった。まったく、妖怪が綺子の生活の大半みたいだなぁ。むしろ、正岡家では妖怪に関する話や勉強は必須で、当然夏休みもある程度の時間そのことで費やされている。当然かも知れねー。で、当然一般の学校ではそういうことを話せるわけがねーわな。
「そういえば、あっしらのこと書かれたもの出したらだめなんだったな。妖怪のことはご法度ってね」
 ポリポリとほっぺたをかくとあっしはあくびをした。だいぶ涼しくなってきたため、眠気が襲ってきたんだ。妖力を使ったせいもあって、ちょいだりー。って言うか、綺子は二つも絵日記を書いたってことかねー? しかも一つはでっち上げの。そりゃご苦労様さね。
「ねぇね! 覚! 次のもやってよ」
「もっともっと!」
 隣でナナトと倉子がぐいぐい髪を引っ張ってきた。なぁんだぁ? 我侭なやつらだね。あっしは眠い。
「あぁん? もうしまいだ、し・ま・い」
 そう言うとあっしは書物室の床にごろんところがった。ひんやりと冷たさが伝わってきて、なんだか気持ちいーわ。書物室に来てほんと、正解だったわ。
 そのまま倉子とナナトの抗議の声を無視して、あっしは壁の小さな窓からもれてくる光に目を細めた。


*終わり*


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