青い空… いつも見上げると哀しくなる どうしてなのか なぜこんなにも胸が痛いのか どうして…… ずっと、なにかを探しているのか 私はわけもわからず、ただ 空を 見ていた…… * * * 「―――っ!」 ふいに肩をつかまれて、意識が現実に戻された。ふりかえると、イノリと千弦(ちづる)ちゃんが立っていた。どうしたのかなぁ。変な顔している。 学校からの帰り道、今日は二人と帰っている。でも、空があんまり青いから私は道中で上を見上げてしまった。 私はよく、ぼーっとするから今回ももしかしたらとても長い間、空を見ていたのかもしれない。でもそうじゃないのかもしれない。 ……うーん 「どうしたのー?」 とりあえず、私は首をかしげながら笑った。 すると、二人ともなんだかため息をついていた。しかも、二人同時に。私、なにかしたのかなぁ。それともやっぱりすっごい時間が経ってたのかなぁ。後ろで千弦ちゃんが額に手を当てながら、まったく……と言って顔をふってる。イノリは……にっこり笑ってきた。 イノリはよく笑う、色んな時に。なんだかほんわかした笑顔だったから私も一緒になって微笑んだ。でも、それがいけなかったのかも。 「日和、話聞いてた?」 そのまま、にっっこり微笑んでいるイノリ。あ、ちょっとイノリ怒ってる。…って、あ、れ? 話なんてしてた? 「えーと、その……話?」 慌てて自分が空を見上げる前のことを思い出そうとした。確か……あれ、私いつから空を見上げてたんだったっけ? 余計混乱してきた私の頭の上にコツンと誰かがこづいてきた。上を見ると千弦ちゃんだった。 「あー……やっぱ聞いてなかったよ、こいつ」 その顔は呆れながら再びため息をついていた。千弦ちゃんの茶色がかったショートカットが夕日に染まって、なんだか綺麗。なんて、思ってしまった。呆れられているそばからまた、ぼーっと自分の世界に入るところだった。いけない。 私またやっちゃったなぁ。ちゃんと人が話している間はぼけーっとしないように気をつけてたつもりだったんだけどな……。私は申し訳なくて、こんな自分に落ち込んでしまった。また、迷惑をかけてしまった。 どうしてか、いつの間にいつも空を見てしまう。吸い込まれるように、いつも、いつでも。それはまるで何かを探しているような感覚に似ていたのかもしれない。 「……ごめんなさい」 私は二人に謝った。 「ま、日和のこれは今に始まったことじゃないけどさ」 「うっ。ご迷惑おかけしてます」 肩をすくめながら言う千弦ちゃんに私は言う言葉がなかった。そう、私はいつもこんなんだ。だ、だめだ。こ、このまま行くと大変なことにっ! そのうち捨てられるんじゃないかと不安になってきて二人に懇願した。 「しょ、精進しますのでこれからも末永くお付き合いください!」 「まぁ思慮に入れといてあげましょう」 「し、しりょ!? 千弦ちゃん!?」 「うん、そうだね。善処します」 「ぜっ!? イノリっ!?」 さらりと二人に言われて慌てた。もしや今回は相当怒っているのかも。そう思って言葉も出ずに口をぱくつかせていた。けど―― 「……ぷ」 え? そんな声とともに千弦ちゃんは突然大爆笑しだした。 「あの……イノリ?」 声の大きい千弦ちゃんの笑いが響く中、どうしていいかわからず、後ろを見るとイノリもくすくすと口元に手を添えながら後ろを向いて笑っていた。イノリ……震えてるよ。ぷるぷるって、すっごいぷるぷるって。 なにに笑っているのかはあまり、わからなかったけど二人がとても楽しそうだから、私も一緒に笑った。 ―青い空 雲が漂う、しろい空 どうしてこんなに哀しいのか どうしてこんなになにかを探しているのか 私には、わからなかった でも、本当は真実はいつでも近くにあって 本当は答えを知るものは近くに 本当に、近くに…… ひとしきり三人で笑うと、私たちは再び歩き出した。夕焼け小焼けでまた明日。今日もまた日が沈む。 「ところで……えーっとその、なんの話してたの?」 「ん? ああ、イナリのこと。あいつ、珍しく怪我して今日学校来れなかったなって話」 イノリがこともなげに言った。イナリもいつもは一緒に帰るメンバーの一人だ。けれど、家の用事で怪我をして今日は学校は休みだった。 「イナリ、怪我大丈夫かなぁ」 少し心配になりながらそう言うとイノリが「そうか?」とにっこり笑った。 「僕はその方が都合がいいんだけど」 「おぉ? ノリなにやら黒い笑顔だけどあんたに日和は渡さないわよ?」 「高階(たかなし)さん、いつから日和は君のになったのかなぁ?」 「親切そうな面をかぶった狼はあちらへ行け」 なにやら爽やかな笑顔で千弦ちゃんとイノリが見詰め合ってる。でも千弦ちゃん、最後のセリフ、声がドス利いてたよ。イノリも、妙な黒いもやが出てるように見えるのは気のせい? とりあえず、千弦ちゃんに抱きつかれながら私は二人の話をぽーっと聞いていた。うん、仲いいなぁ、和むなぁ。 「イナリはいいの?」 まだにっこり微笑んでいるイノリの言葉にはっと千弦ちゃんは鼻で笑った。 「無論、優しい犬のふりをした狼のナリにも指一本触れさせません」 そう言う千弦ちゃん。ガードするように後ろから手を回された。わぁなんかかっこいいセリフ言ってるなぁ。私も「指一本触れさせん」って言ってみたい。そんなことを思いながら私はふと、気がついた。 「千弦ちゃん」 「ん? なに日和?」 「イノリもイナリも狼じゃないよ」 笑いながら言うと、千弦ちゃんはにっこり笑った。 「日和……」 そしてなぜか私の肩に両手を置くと、真顔になった。 「男は狼なんだよ」 「ち、千弦ちゃん目が本気……」 「陳腐な言い方だけど私は真実を言ってるんだよ。肝に銘じときなさい」 「え、ええ?」 「わかったね」 私は彼女の勢いに押されてうなづいた。目が冗談を言ってなかったところがちょっと怖かった私だった。でも私のことを心配して言ってくれるんだからちゃんと覚えとこうと思いながら、私は千弦ちゃんに向かって笑顔を向けた。感謝の意もこめて。 「大丈夫かなぁ、この子。絶対いつか食われる」 そう言う言葉とともに千弦ちゃんにわしゃわしゃと頭をなでられた。髪の毛がばさばさになるよ。でも大人しくなでてもらう私って、おかしいかもねー。 そこで私はふと思った。狼じゃなかったらイノリ達はなにかな、と。 「高階さん、安心して。僕がいるから」 うーん、なーんかふわふわしてそうかなぁ。二人とも。あ、でもたいていの動物はふわふわかな。 「お前がいるから余計警戒するわ」 小動物……はちょっと違うなぁ。中型から大型動物かな。 「大丈夫、危害は加えない。保障するよ?」 鹿? うーんちょっと違う。カンガルー? ……ポケットの中楽しそうだなぁ。でも違う気がする。 「ノリの保障なんていらないよ」 あとなんか絶対ふわふわで温かいイメージ……あ、そっか! 私は手を打った。 「イノリとイナリは熊だよね」 「「熊!?」」 やっとしっくりするイメージを思いついて私はうれしくなった。仲良くなにかを話してた千弦ちゃんとイノリは、突然の話なのに私の方をちゃんと見てくれた。つぶやいたくらい小さな声だったのに聞いてたんだ。 そのことにもうれしく感じながら私はうなづいて笑った。 「うん、ふわふわして優しい感じが」 「……日和」 「ん?」 千弦ちゃんはゆらりとこっちに近づくと、また両手を肩に置いてきた。 「熊さんは怖いんだよ。特に春先。めっちゃ、飢えてるから」 後半を強調して言う千弦ちゃん。今度も目が真剣だ。でも確かにお腹空くもんね、起きたばっかりは。 よくよく考えてくれる彼女に私は感心した。でも、熊は仲間には優しいよ。わざわざ機嫌が悪いのに気を荒立たせることをしなかったりすればいいんだよ。それに春はあまり山に入らないようにすればいい。だからそんな時になにもしなかったらいいんだ。 「それは僕のことを暗に言ってるのかな?」 「想像に任せるよノリ」 イノリと千弦ちゃんが話す傍で、私は少し話がずれてきた気がするけど、熊の誤解を解こうと私は千弦ちゃんに告げようと決心した。 「でも春先に何もしなきゃ大丈夫だ―――」 ゴッ 鈍い音と頭に衝撃がしてはたと気づくと、電柱が目の前にあった。イノリと千弦ちゃんが口をあけたままこっちを向いている。 ……うん。 「……よー?」 「『よー?』じゃないって! どうして電柱に当たるなんてベタな!」 頭に傷がないか慌ててわっさわさと調べてくれる千弦ちゃん。子どもに怪我ないか見るお母さんみたいだ。 「あははー。私頭丈夫だから、痛くなかったよ?」 「笑ってる場合かあんた」 呆れた顔で笑う千弦ちゃん。でも私は笑った。だって心配してくれる千弦ちゃんの気持ちがうれしかったから。 風が気持ちいい空気を送って私達の間をすり抜けてきた。少し冷たいけど温かくもある風。 こんなたわいもない日常、とりとめもない会話。 私はそんなゆっくりと流れる時間が好きで、幸せだった。 でも…… 私は空を見上げると どうしてこんなに哀しいのか どうしてこんなになにかを探しているのか わからなかった 本当は真実はいつでも近くにあって 本当は答えを知るものは近くに 本当に、近くに……いるのかもしれないのに 「日和」 それまで黙っていたイノリが私を呼んだ。 「なに?」 「怪我は?」 そう言うイノリの声は心なしか硬い気がするのは気のせいだろうか。千弦ちゃんも「私が確認したってーの」と言いながら訝しげな顔をしていた。私は不思議に思いながら笑った。 「ないよー、大げさだねイノリ」 千弦ちゃんと顔を見合わせながら言うと、私は再び前へ歩き出した。 「行こー」 「ちょっと待って」 イノリのそんな言葉とともに振り返ると、手首をつかまれて引き寄せられた。 そしてイノリは私の額に手を当てた。わけがわからず、見るとゆっくりと伏せられたイノリの目は、私の中の何かを探るよう、だったような気がした。 ― 近くに ― しばらくしてからイノリは私の手を離して微笑んできた。 「……よかった」 そう言って目の前に映った顔が…… 「気のせいだったか」 イノリの顔が…… ― 本当に、近くにあるのかもしれない ― なんだか寂しそうな感じがした。 「――」 「じゃあ、行きましょうか」 そう言ってイノリは何事もなかったように前を向いて、髪をかきすくと再びこっちにいつもの笑顔を向けてきた。でも私は…――― 少しびっくりしたようなイノリの顔。 私の手にはイノリの手。 思わず、私は手をつかんでしまっていた。 「ん? なに?」 自分の手にちらりと視線を向け、イノリは私の瞳を見た。その瞳はとても優しくて、少しうれしそうで……。だから…… 「ううん、なんでもないよ」 私もうれしくなった。 そして、なにも疑問を抱かず一緒に歩いていった。 でも…… 一瞬浮かんだ、わけのわからない想いが、心の奥、深くに落ちていくのを気づかずに……。 |