「あ~あ~あ~あ~……、やんなっちゃうよな。……あ~も~うるさいうるさーい」
僕は目をきつく閉じると、両手を頭の後ろにやって下僕の怪獣を枕代わりにした。でも、例え閉じようとしても、額の目だけはギンギンギラギラぱっちぱち。これは本能だからしょうがないんだけどさ。
「ならあのイアリング、つきゃあいいんじゃないのー?」
読んでいた本から顔を上げると、急にこっちを向いてきた怪獣。いちいちつっこむなっつーの。
「いや。あんな人間のくれた物なんて誰がつけるか。制御装飾具がなくても僕は不便してない」
「……実際遠くの声が聞こえてうるさいって言ってるじゃないっすか」
「は?」
「ま、自分は魔人さんがやりたくなきゃー強制はしないけど」
そう言うと怪獣は羽を僕に当たらないように一瞬伸ばして元に戻すと、何事もなかったように再び読書に没頭した。
確かに僕には赤眼――又の名を千里眼とか紫聴の力がある。それで紫聴の方は今の所完全に制御できてない。紫聴とは遠くの物音を聞いたりするだけでなく、心の声までも聞こえる。悔しいが、心の声はともかくまだ、遠くの音を意識的に聞かないようにはできない。だから、聞こえてしまった。『逃げたね』という言葉を。あれは多分、アヤカシの声だ。
だからと僕はうるさいと言ったんじゃない。だいぶ慣れてきたからね、この体質にも。だけど、その聞こえてきた言葉に――『逃げ』に僕の記憶が反応してしまった。ほら、今も――――……
『おまえは天才であり、特別なんだ。逃げ道はない。ただひたすら進め』
……うるさい
『逃げる? そんな言葉頭から抹消しなさい』
『常に勝者であれ。逃げはお前に汚点を残すのみ』
ウルサイ、僕は……
『いいじゃん』
ふいにあの魔術師の人間の言葉が脳裏に響いた。そう、それは古臭い、でも誰も言わなかった言葉。
『一歩下がって二歩進む。無理するよか態勢立て直した方が効率いいっしょ? 逃げ? 何言ってんの? 意地張って自滅するより賢いと思うけど? 次には遅れを100倍取り戻せばいーんでしょ。そのくらい楽チンじゃない? 天才なんでしょ?』
そうあの人間は言ったんだ。ムカつくけど、その言葉で気が軽くなった。
僕はイアリングを目の前に掲げながらきらきらと透明に光るそれを見た。それはあの変な魔術師がくれたものだ。ほんと、お節介で変人だよ、あいつは。
「行くよ。小腹が空いた」
「へーい」
首にかけてある下げ袋に本を入れると、怪獣は伸びをして腰を低くした。怪獣にまたがってるとふと、赤眼があの人間をとらえた。なんだか楽しそうに飛翔術を使って森の方へ向かっている。確かあそこはアヤカシどもがいる方向だ。あれらの何が面白いんだか。僕はただじっとその方向を見ていた。
