私は目の前の光景を見ていた。いや、目の前に映っている光景を視ていたと言うべきなのかもしれない。それにしても…… 「天使、口をつぐまれてしまいましたね」 「ま、あやつは責任感があるからの。逃げと言われては反応せざるを得ない」 ちらりと横を見ると実に面白そうに言う精霊の表情。完全に、彼らの状況を楽しんでますね。私は呆れてそのまま視線を前へ向けた。 天使と神霊――アヤカシの口論は森の中で行われている。相変わらず、仲が悪い方々だ。いや、むしろ『仲がよい』ですね。しかし、今私たちがいる場所は彼らがいる森の少し西方にある、精霊の家。なのに目前に彼らが視えるのは精霊のかけた術のせいだ。精霊は彼らに見えないところで口論を盗み見ているわけだ。悪趣味ですね。しかもその他4名ほど同じ事をしておられる方もいらっしゃる。ま、かく言う私もそのうちの一人になっていますが。 「幻獣よ、こういったことは嫌いか?」 「好き嫌いの問題ではなく、ただ悪趣味だとは思いますね」 「……まったく、あやつに似たのか? そういうところは」 精霊は懐かしむように微笑ましく笑った。『あやつ』とはきっと、彼の妹のことでしょう。 彼女は私の記憶されているところでは物静かで、穏やかな性格だった。いつもほとんど精霊といるとき以外は一人のことが多く、ふと気づけば空を見上げていた。なにも話すこともなく、懐かしむような愛おしむような儚い瞳を浮かべながら。彼女はなにを思って空を見上げていたのだろうか。普段言葉数の少ない彼女に精霊が聞くと、いつもやわらかく微笑んで、そのまま再び空へ視線を向けたのだった。 そして彼女は…… 「……どうした?」 ふと顔を上げると、精霊がこちらを見ていた。いつもの彼の表情。あの日まで私はこのとりとめもないあっけらかんとした笑顔があまり好かなかった。 「いえ、ちょっと……思い出していただけです」 昔を……と私は前を向いたまま言った。目前には今だ沈黙のさだなかである天使と神霊の姿があった。昔は、私も精霊も、彼らと同じく反目していた。しかし、反目しつつ、お互いに近づこうとしていた。 当時の私は、まだ生まれたばかりで幼く、自我と言うものが薄い存在であった。そして、彼の妹の創り出した幻とともに生まれた私の体は存在することだけで、彼女の生気を奪うことになっていた。そんな私は精霊にしたらひどく、おぞましく穢れた醜いものに映っただろう。彼女は気にするな、と笑顔で言ったが、存在自体を否定されたようなのでいくら自我や感情が乏しかった当時の私でも、精霊を意識せざるを得なかった。存在自体を否定されたと言うことは、身に害を及ぼす因子があるということだからだ。 そして、私は沈黙を守ることをしたのだ。なににも反応せず、まるで置物のように口をつぐんだ。 目前の沈黙がふいにアヤカシの言葉によって破られた。嘲笑するような表情を浮かべたあのお方は、内心とても傷ついておられるようだった。赤眼でなくても、心の波動が染み入った。 |