わっちと拙者とアタシの事情・3





  * ・  *  ・ *


「え、ええ!?」
 しばらくの沈黙の後泪以外の一同は同時に叫んだ。その拍子にぼとっと薬壺を一人が落とし、一人は手を上に上げた弾みでこん棒を投げ飛ばし、一人はぶつかってきた誰かから逃れようと体勢を崩し、それを免れようと刀を地に立てるも、それを折ってしまった。
 それははたから見ても間抜けというか大変愉快な騒ぎであった。
 その惨事とまでもいかないものの、大変な事態を起こすような発言をした泪は、瞬間真っ青になった。ピンと彼女のしっぽが立つ。
「っ!」
 そしておろおろとする彼女をよそに彼はそれ以上に動揺していた。
「駒回った! 駒回った! 駒回った!」
「とりあえず貴様は落ち着けいっ」
「え、泪さん? ちょっといいっすか」
 そのまま手を上げてくるくると回り始めた憙助(きすけ)を、落ち着かせようと怒鳴る玖介(きすけ)だったが刀が折れたことに動揺して刀に向かって話しており、そして一番落ち着いているかに見える杞輔(きすけ)はふらりと、目眩を起こしたような表情で泪を呼んだ。
「は、はいっ」
 呼ばれた泪はビシッと背筋を伸ばして彼を見た。もはや彼女の耳は垂れ、しっぽも元気がない。
 そんな彼女に申し訳なさを感じ、少し彼は冷静さを取り戻した。ひとまず間を置くと彼はゆっくりと、整理するように話し始めた。
「アタシらが多重人格なのは確かに……そうっす」
「はい」
 こくこくとうなづく泪。
「確かに記憶は共有しているし、本体は一つだけっす、けど……」
「はい、ぞうだすね」
 再びこくこくとうなづく泪。
 歯切れの悪くなる言葉。
 しばらくの沈黙の後、彼は再び続けた。
「……それで三人とも好きなわけっすか」
「あの、だがら三人であなぐ……」
 なんだか話が噛み合わないと言った感じで、首を傾げながら言う泪に彼はその言葉を遮って彼女に詰め寄った。
「るーちゃん、わっちら、性格違い過ぎるんだよ? なのに一人として見えるってるーちゃん、ちゃんと今年健康診断した!? 女の子は健康第一だからレッツ早くほすぴたる!」
「あの、わだす健康診断受けまじだ」
「結果はっ」
 ガッと泪の肩を掴む彼。ぴくんと耳を上げて答える泪。
「特に問題あいまぜんでじだ」
「ならよござんす」
「なにが「よござんす」だ貴様」
 そんな声が聞こえたかと思うと、次の瞬間憙助(きすけ)はぶすりと脇腹を刺されていた。悲鳴と共に痛みで跳ねていく憙助(きすけ)。そのそばで「また詰まらぬ物を切ってしまった」と刀を拭く玖介(きすけ)。いつの間にか折れた刀は元通りになっていた。
「拙者も、到底泪殿が三人を一人の「キスケ」として見られるのが、なんというか訝しいのだが」
 くるりと泪の方へ向くと彼は言った。その目は疑っていると言うより、困惑の色を示していた。
「……確がに、言われでみればぞうがもすぃれない」
 少し間を開けて泪は言った。彼は黙って彼女に目を向けて耳を傾けた。
「「キーさん」は昔と違うすぃ、人格があるほど性格変わっでる上分身もでげる。本当に三人いるみだいに。ぞう考えるどなんで一人とじで見れるのが、不思議なのがもすれない」
 風が吹いた。彼の茶色の毛並みをさらりと撫でていく。泪の金色の毛並みを撫でていく。
「でもね、わだすはおかしいごとに、ぞんなにキーさんが三人どあまりい思えないんだ。だっで…………」
 ひと間を置くと、彼女は彼を見た。彼女の瞳に彼が映る。
「目が同じだがら」
 はっきりと告げられた言葉に、彼は一瞬間を置いて口を開いた。
「目っすか?」
「目と?」
「めぇーめぇー?」
ガスッ
 憙助(きすけ)の口内に杞輔(きすけ)の拳と共に薄灰青色の味噌状の物が投げ込まれ、憙助(きすけ)は地に伏した。
 沈黙が降りる。どうしようかと悩む心配そうな泪の視線に、何事もなかったかのように杞輔(きすけ)と玖介(きすけ)は話を先に進めるように彼女を促した。
「えっど、うん、目がわだすの大好きな強ぐで優じぃ色なんだ、キーさん――三人ども」
 少し照れたように言うと、彼女のしっぽがぱたりと揺れた。静かにその話を聞く彼。
「目っでね、ぞの人を映す鏡みだいなもんだど思うの。だがら本当に人によっでぞの輝きも違うすぃ、色や強ざも違う。その人だげの輝きを持づ。わだすね、こんな声だがらしゃべる時、昔は顔を見るの避げらえたことがあっだの。だがらがな、人一倍目が気になるのがもじれない」
 一瞬彼女の瞳はどこか遠く、おそらく彼女の過去に向けられていた。彼の視線に気づくと少し微笑む泪。彼女は口を開いた。
「キーさんの目はあの頃と変わらない。三人ども同じ、あの目をしでるの。だがら私はキーさんを三人どは思わない。思えない。だっで目の輝ぎが似でいる人はいでも同じ人はいないのよ」
 ぱったんぱったんと泪のしっぽがはためく。そしてそれが砂ぼこりを起こしてしまっていたことにはっと気づくと、彼女は両前足で押さえた。そして少し間を置いて再び話を続けた。
「確かに性格は違うがもじれないげど、ぞれっで人が成長じでいぐぅうちに変わっでぐものだじょ。それに人っで家族に対づる時ど友達に対づる時、仕事での顔どがぞれぞれ違うだじょ? キーさんのはそれど似でると思うだ。だっで同じ元の性格がら派生じだどいうのはどのキーさんも変ぁらないど思う」
 泪は三人を見た。一人ずつ確かめるように。
「だがら、私はぞんな目のキーさんが大好ぎ」
 嬉しそうに柔らかくほほ笑む泪。その瞳は本当に「一人のキーさん」しか見ていなかった。
「るーちゃんっタンマタンマタンマタンマタンマタンマタンマタンマタンマっ!」
「は、はい?」
 いつの間にか復活した憙助(きすけ)。真っ赤になりながら手をばたばた振る彼に泪は何を、「タンマ」したらよいかわからず首を傾げた。同時にぴこりと方耳だけ立たせながら「タンマ」を繰り返す彼を心配そうに見た。
「いや、うんそうっすね。それが泪さんのいいところ、というか、いやぁこれは参った、っす……」
「…………………………」
 真っ赤になった顔を押さえながらぶつぶつ言う杞輔(きすけ)。目を見開きながら固まる玖介(きすけ)。彼は、再び混乱状態になりつつあった。
「あ、ず、ずみまぜん! と、ともだぢとじで! と……とも、だぢと……じで、だ……ず」
 最後の方は少し小さくなり涙ぐみながら言う泪。これだけ何度も言えば、居た堪れなくなってきたのも仕方がない。完全にしっぽはうなだれて、背中も情けないくらい曲がってしまっていた。
 自分に嘘をつくことになるので、泪は尚更惨めな気分になったのだろう。しかし、嫌われないためならと思いながら涙を必死に止めていた。
 うつむいてきゅっと目を一旦瞑り、意を決すると彼女は目を開けて再び彼の顔を見ることにした。今度は目を反らさずに。
 しかし彼女に返ってきたのは彼女の予想とは違う言葉達であった。
「いやぁ、わっちら別にあの告白本気だってわかってるんだよーん。訂正しなくてもねぇ」
「それに告白したからって嫌いにならないっすよ」
「それにそれで嫌うなど、長年の付き合いの泪嬢に対して仁義にもとる行為だ」
 ふーとため息をつきながらいつの間にか手元にこん棒を取り戻して肩を叩く憙助(きすけ)。温かい笑みを浮かべながら彼女を見る杞輔(きすけ)。気を取り直してうなづく玖介(きすけ)。
「ぞれじゅあ?」
 首をかしげながら先を尋ねる泪。
「……」
「……」
 曖昧な笑いを浮かべる杞輔(きすけ)。固まり、石像のものまねをする憙助(きすけ)。
 そんな自分にため息をついて、頭を抱えると玖介(きすけ)は言った。

「保留と言うことにしてくれぬか」

 彼の言葉に泪は目を瞬かせると、こくんとうなづいた。とりあえず、告白したということに落ち着いたということ。そしてそれによって決して嫌われたわけではないと、知ってほっと心からの安堵と新たな温かさが彼女の胸の内に残った。彼女にとって受け入れられたという事実は、この上ないほど嬉しいものであった。

 そんな泪をよそに、杞輔(きすけ)、憙助(きすけ)と玖介(きすけ)は不意に真顔になって互いの顔を見ていた。その瞳は皆同じことを考えていた。
 彼は一つだけ思い出したことがあったのだ。

―  禧佑(きすけ) ―

 それはかつて三人が一人であった時の――――名前だった。






 

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