わっちと拙者とアタシの事情・2



*    *    *

「え? ってゆーかわっちに告ったんじゃないのー?!」
「……何? 拙者は勘違いをしていたと?」
 憙助(きすけ)と玖介(きすけ)は杞輔(きすけ)につめよった。
「あー……それはそうとも限らないっすよ。つうか薬に砂が入る、近づくなっす」
 それに平然と薬をごりごりとすり潰していた棒で、二人が接近するのを防ぎながら言う杞輔(きすけ)。するとぴたりと動きを止めた他二人。手を止めて煙管を吸うと、煙を吐いてから二人の方へ杞輔(きすけ)は向き直った。 「って言うかもう一度言うけど、泪さん『キーさん』って言ってたんすよ?」
 その言葉にぽんっと手を打つ憙助(きすけ)。
「ぬぬ、確かにわっちら皆『キーさん』ってあだ名だったーい。こりゃわっち、抜かったー」
「せめて『薬師(くすし)の』とか『転(まろ)ばしの』とか『切り手の』とか付いていたらわかったんすけどね」
 ふーと杞輔(きすけ)は息を吐いた。
 その時おもむろに玖介(きすけ)は立ち上がった。そして合点がついたと言わんばかりにうなづくと、くるりと体の向きを変えた。
「わかった。泪嬢に直接聞きに行こう」
 そして彼は足を踏み出した。
ズガンッ
「な、なにをする杞輔(きすけ)っ」
 聞くからに痛そうな音を立てて正面からこけてしまった玖介(きすけ)。彼は顔を押さえると杞輔(きすけ)を睨んだ。よく見ると彼の足の先には縄をかけていた。杞輔(きすけ)の手には縄。 「あんさんはデリカシーと言う言葉はないんすか」
「それではわからんままではないか! 離せいっ」
 手を振ると何の抵抗もなく縄はスパンと切れ、落ちた。玖介(きすけ)の手には刃。その余波を食らったのか、杞輔(きすけ)と憙助(きすけ)の毛がはらりと地面に落ちる。瞬間ピシリと空気が凍った。そして…… 「まずあんさんが頭を冷やせっすー!」
「ちょおっと玖介(きすけ)は落ち着け―い!」
 少々怒りがこもった二人の言葉が終るか終らないかのうちに、玖介(きすけ)に目がけて黄緑色の液体とこん棒が飛んできた。
ドスッ
ヴェチャッ
 そのまま玖介(きすけ)は地に伏した。途端まわりが静かになった。当たり所と薬が変に効いたのか、玖介(きすけ)は倒れたままピクリとも動かない。憙助(きすけ)と杞輔(きすけ)は互いに顔を見合わせ、しばらく彼の様子を見守った。玖介(きすけ)はまだ動かない。  そんな彼をごろごろと10メートルほど横に転がす憙助(きすけ)。それでも玖介(きすけ)はまだ動かない。
 今度は杞輔(きすけ)がなにやら紫色のゲル状液体を彼の顔に塗った。鼻に刺すように異臭がする。鼻を押さえる二人。それでも玖介(きすけ)は動かない。
「あ、本当に落ちちゃったっすね」
「あっちゃちゃー」
 彼らが玖介(きすけ)に両手を合わせた。その次の瞬間、ゆらりと彼が起き上った。その彼は明らかに怒りをはらませた表情で二人を見ていた。
 異臭が二人に近づく。
 後ずさる二人。
「き・さ・ま・らっ」
 玖介(きすけ)の刃が光った――その時、砂を蹴る音とともに誰かがやってきた。

*    ・    *


 私は走っていた。目指すは学校。そこに彼がいる。なんでその場所にいるかはわからないけど。
 やっぱりあんなこと言わなきゃよかったのかもしれない。でもどうしても今年は、我慢が出来なかった。バレンタインのプレゼントをあげるだけで本当はよかったんだ。
 私は口をかんだ。涙がにじんできた。なにやってるんだろう私。でも……
『ありがとう』
 と言ってきた彼を見ると、涙があふれた。好きで、大好きで大好きで切なくて、この気持ちを知ってほしくて。そして告白してしまった。
 子どもの時から友達だった彼。小さい頃はまだあんな性格じゃなかったと思う。口調も今の独特な感じではなかった。けどいつの間にか、彼はあんな性格になっていた。私は彼に何が起こったかわからない。ただ、彼が抱えていた世継ぎの問題によって彼がなにかしら傷ついてしまったこと。私が小さい頃感じていた彼の時折見せる暗い気配が、久しぶりに会ったその時、濃くなっていたこと。最近はそれが少し和らいだみたいで、少しほっとしたこと。それが彼について私が知っていることだった。それ以上は、彼が話すまでは聞かないことにした。だからそれが私が知る彼のすべてだった。
 でも口調や性格が変わっていても彼の根本的な本質は、彼のままだった。そんな芯の強さに私は惹かれたのかもしれない。
 実を言うと、彼に対する感情に目覚めたのは成人を迎えてしばらくしてからだった。子どもの頃、しばらくすると離れ離れになった。
その頃は友達という感覚だけのはずだった。でも再び、大人になって会って言葉を交わした時、私の中で彼がとても大きくなっていたことに驚いた。
 そして動揺した。付き合った人はいたけれど、違った。彼に対する想いはとても、違った。
 一時期戸惑って彼をわざと避けたこともあった。それでも彼は私のことを昔と変わらず接してくれた。そんな彼と距離を置こうとしても募っていく思いはどんどん膨らむ一方で、本当に私は彼のことが好きなんだと知った。
 そして観念して、避けることはしなくなった。けれどそばに、いるだけで幸せだったはずなのに自分の気持ちを知ってほしくなった。自分を、好いてほしいと思うようになってしまった。でも、今の関係を壊してしまうのは嫌だった。怖かった、言ってしまうことによって嫌われてしまったらと思うと。特に私はあるコンプレックスを持っていた。
 それは声、声が醜いということ。かろうじて顔のつくりはいい方だけど、破滅的に声が汚かった。今の医療技術では治らなかった。生まれつき声帯が歪だったから声は低く濁っていて舌もうまく回らない。まるで酔ったおじさんみたいに。何度性別が逆に生まれたらよかったのにと思ったことか知らない。せめて男だったらまだマシだったかもしれない。顔と声のギャップが激しすぎて、何度幾人を怖がらせたんだろう。自分でも独り言を呟いたら、今誰の声? と思ってしまう時もあるくらい。
 こんな声の醜い私の恋が、実るはずもない。実際、前の彼氏はこの声のせいで別れた。だから、告白したら彼もこんな私を避けるかもしれないと思った。それでも……好きという気持ちはどうしようもなかった。
 だから悩んだ末、バレンタイン前に懇意にしてもらっている先生に相談した。するつもりだったけど、やっぱりやめた。代わりに先生の息子さん達に相談した。昔家庭教師をしていたから、久々に会うという口実で。息子さんもとても辛い片思いをしている子だから、参考になるかな、と。
 それで激励を受けて、私は結果告白してしまった。
 今ではそれを後悔している。言った瞬間、明らかに彼の態度が変わったのが分かった。
 私は彼の気持ちを考えず、自分の気持ちを優先させてしまったんだ。気づいていたのに。世継ぎの問題で、本当はまだ彼が悩みを抱えていることを気づいていたのに。こんな、私が余計な問題を増やして、迷惑をかけてしまった。
 ただの自己満足のため、発してしまった言葉。
 これ以上彼を悩ます種となるものを、増やして私は何がしたかったんだろう。なにも今言う必要はなかったのに。
 そのせいで彼に避けられるようになった。
 今までより、ずっと、辛くなった。
 彼は受け入れてくれた。こんな醜い声の私を。それでよかったのに、欲張ってしまったから罰が当たったんだ。
 涙がにじんだ。
 だから……謝ることにした。
 告白は、そういう意味の言葉ではないと。「好き」と言うのは、友としての言葉だったと。
「キーざん!」
 運動場にいる彼を見つけて私は目をふくと言った。
「るーちゃん」
「泪さん」
「泪嬢」
 途端彼はこちらを向いて私の名を呼んだ。


*・ * ・*

「どうしたんすか? そんな息切らして」
 杞輔(きすけ)が優しく尋ねた。彼の目の前には金髪の女性、泪がいた。そんな彼にうっと息詰まるとどう答えようか彼女は迷った。しかし……
「ぜぁーぜぁーぜぁー……」
 息を止めたため、再び呼吸が荒くなった泪。ものすごく苦しそうである。
「まーまーとりあえずぅ、るーちゃん息を整えよーよ」
「あ、ありがどう、ござい、まず」
 憙助(きすけ)の言葉にほっと息をつくとしばらく泪は息を整えるのに専念した。それを大人しくそれぞれ待つ三人。杞輔(きすけ)は懐に入っている薬草の確認をしながら憙助(きすけ)が転がってくるのを避け、玖介(きすけ)は刃こぼれがないか丁寧に見ていた。
 すると息を整えた泪がくるりと彼らに向き直った。
「ありがどうございまず。もう大丈夫だず」
 濁った声で話す泪。すると三者は作業を一時止めて彼女の方へ向いた。
「るーちゃん喉弱いんだからあまり無茶したら駄目だよーん」
「久しぶりっす。お元気だったすか?」
 近寄ってくる憙助(きすけ)と杞輔(きすけ)に泪は思わず緊張したのか、しゃんと背筋を伸ばしてぶんぶんと頭を縦に振った。
「は、はい」
「……なぜ敬語なんだ?」
 急に背後から玖介(きすけ)の声がして、泪が振り返るとすぐそばに彼がいた。更に刃を手に持っていたので尚更びくりっと驚く彼女であった。それはともかく泪は返答に困り、まごついていた。
「あの、ぞの……」
「いつものように話してくださいっす。泪さん」
 するとぽんっと横から杞輔(きすけ)が泪の肩に手を置きながらにこやかに言った。その笑顔に彼女はほっと気が抜けたのだろう。
「うん、わがっだ」
 実に嬉しそうにほほ笑む泪。照れているのか心なしか瞳をぱちぱちと瞬きしている。
 そんな雰囲気の泪にその場に和やかな空気が流れた。しばらく長閑な沈黙が訪れる。しかし本来の目的を思い出したのか、はっとすると泪はおずおずと三者を見て言った。
「あ、あの実はね。じょっと言いだいごとがあで来だの」
 舌足らずの言葉で遠慮がちに泪は言った。
「なんだ?」
 いつの間にか磨いていた刃をしまうと玖介(きすけ)は泪を見た。同じく憙助(きすけ)と杞輔(きすけ)もそれぞれ彼女の方に向いた。改めて三者に注目された彼女は少し、赤面すると少しの間黙った。が、意を決すると口を開いた。
「ま、前に言っだごど、にずいてなんだげど……」
「前に言ったことっすか?」
 相槌を入れながら泪に先を進める杞輔(きすけ)。彼の優しい気遣いに力づけられると、ぱっと顔を上げ必死で泪は彼らを見た。
「わ、わだすっ好き、なのはっ友達とじでだがらっ」
 そこで感極まったのか、ぐっと息を飲む泪。そんな彼女の言葉を待つ三者。震える唇は言うのを躊躇うかのように開いては閉じて、それを繰り返していた。だが、ゆっくりと泪は再び言葉を続けた。
「だがら……ぎぃ……変に、気、をずがわせて、ごめん……な、ぜい」
 最後は消え入りそうな声で、だが確かに泪は言葉を終えた。相手の反応を待つ体が震えている。
「……」
 そんな彼女に沈黙する一同。
 彼女はそんな静けさに押し潰されるように段々身が縮まっていった。そして本当に地にのめり込んで立ち直れないのではないかと、泪が涙目になりかけた時三人のうち一人の口が開いた。
「……るーちゃん、一つ聞いていいかい?」
「へ? は、はい」
 恐々と震えながら顔を上げる泪。普段ふざけた雰囲気の憙助(きすけ)が神妙な顔つきで泪を見ていた。
「君は誰に告ったのかなーってわっち思うんだけどぅ?」
 彼が言った瞬間、しばし彼女は固まった。何を言っているのか、わからなかったのだ。
「え、ええ? だがら、その告っだ、んぢゃなぐで……」
 やっと理解できたのか、おろおろと訂正しようとする泪。どうやら泪の言いたいことがちゃんと伝わってなかったのだと、思ったのだ。
 しかしそんな彼女とは別にため息をつくと、今度は玖介(きすけ)が泪に向かって腕を組みながら言った。
「泪嬢は拙者達三人の誰に言ったのかと聞いているんだ」
「……え?」
 玖介(きすけ)の言葉に泪は目を丸くした。そしてなにか言いたげに口を開こうとし、閉じて、再びしばらく黙った。なにやら彼らの間で齟齬出来ていることに彼女は気づいたのだ。それを言おうと泪は彼を見た。
 そして彼女が次に口を開けた時、ゆっくりと確かめるようにその言葉を言った。
「だっで……キーさんは、一人、だしょ?」
 泪は困惑した表情を彼に向けた。その視線の先には――三人の鎌居達がいた。
「例えキーさんは多重人格で……分身がでげでも、キーさんは……『キーさん』だじょ?」
 その言葉に三人――いや一人の鎌鼬は黙った。彼の目の前にはなにかまずいことを言ってしまったのではと、びくびくと青くなるゴールデンレトリバーの美女人面犬がいた。




 

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