「ローリング転がり天国ぅぅぅぅぅぅう!」 そう叫びながらお結びころりんみたいに華麗にスライディングバク転した。 砂が体につくのなんて気にしない気にしない。 どうだ!っと軽やかに新体操みたいにポーズをつけてみる。これ、なかなか決まった。10点満点! などと言ってくれるお仁は誰もいないわけでー…… 「ちょ〜し悪いねー」 わっちはとりあえず腕を組んで座った。 お気楽極楽転ばし天使のわっちとしたことが、テンションが低い。と、言うのもちょーっち悩みごとがあるんだよねー。え? そんな風な柄じゃないって? いやいやわっちも悩みぐらいあるよ〜。 今わっちは運動場の真ん中を占拠している。誰もいない運動場に一人いるのって気持ちよくない? 全部わっちのもの〜みたいな感じになるし。そう、今の運動場はわっちの帝国。わっはっはぁ〜転がっちゃえ〜い。 ゴロゴロと砂ぼこりを立てながらお掃除コロコロみたく砂と戯れるわっち。砂嵐が舞い起こる。 そのまま運動場を縦に転がった。 一周転がった。 横断した。 また戻ってきた。 そしてもう一回ローリングによっきっきーポーズをしながら転がった。 くるくると回る世界。 まるでミックスジューサーにかけられたみたいな景色。空が、周りのものが、 くるくる くるくる 自分の周りをダンスしてるみたいなんだよねー。フラダンスじゃなくて、カトリーナみたいに。あ、間違えたバレリーナ。でも回ってるという意味では一緒かな? つーかなんで台風って女の名前なのかな。 …………。 そう考えたところでわっちは止まった。 うつ伏せになってしばらくフリーズ。 「……ぬー! 困った困った困った駒回ったあぁーい!」 わっちはじたばた手足を動かした。なんかばたばたしたら、悩みも吹っ飛ぶかなぁー? なんて思ったり。 でも吹っ飛ぶどころか砂がくっついてきた。砂だらけ。いやーん。砂だらけ。いやーん。なんか二回言ってみた。 とりあえず、落ち着いてみることにして半迦思惟像のポーズを取ってみた。うん、なーんか悟りが開けた気分。と、思ったけど肝心の問題は解決してない。のーん。わっちのおバカさん。ぬぬぅ、かくなる上は! ということで悲しみのない青空に助けを求めることにした。 そこにはお悩みの相手の顔が浮かんだ。あらら。さらさらの金髪、柔らかでビー玉みたいな綺麗な目。優しげでかぁーいー顔。そして…… 『わだずっ、キーさんのごど、好き、で、ず!』という中年おっさんみたいな濁声。 ……。 あれ、わっちなんか妙に切ない気分になったよ? るーちゃん、かぁーいーのになぁ。そんな彼女に告白されたって本当は自慢物なんだけどねー。 そう、これがわっちの抱えた問題。彼女、るーちゃんに告白されちった―って話。別に彼女が美人だとかでも声がスゴイとか、そーゆー問題じゃなくて、わっちが彼女のことをどう思っているか。それが問題。あーわっち、人に悪戯することばっか考えてたから罰が当たっちったのかも。るーちゃんのこと、気になって人を転ばしたりする気力ない。お胸がむやむやする。わっちの生き甲斐なのに大ぴーんち。 「うーん、この問題放置してたわっちが悪いんだしぃ。つーかわっちだけの問題でもないんだけど」 腕組んで今までのわっちに反省してみる。うん、ごめんなさい。申し訳ありませんでした。……よし、反省した。反省会終わり。ということで…… 「ね、君達はどーなんだい?」 わっちはごろんと横に転がると二人を見た。 「特に玖介(きすけ)」 そう言うとわっちはばちこんとウインクした。 * * * 「拙者にふるか、憙助(きすけ)」 憙助(きすけ)のいきなりの振りに、拙者は戸惑ってしまった。そのような話はもう一人の方に振ったらよかろうに。なんにしても此奴は突拍子もない。いつも突然で気まぐれなのだ。 とりあえずなにもしないのは手持無沙汰なので、おもむろに仕込んでいるナイフを出す。太陽の光に冷たく美しく光る刃。そして…… シャーシャーシャー…… 拙者は持ち歩き用の砥ぎ石を懐から取り出して刃を研いだ。うん、やはり刃を研ぐ音は心を鎮ませる。砥ぎ音は邪を避けるとも言うからな。 するとドスッと憙助(きすけ)に突っ込まれた。 「わ、わかったわかった。彼女の件を考えればよいのだろう?」 ため息をつくと、拙者は刃砥ぎを止めて考え込んだ。まず、告白してきた彼女の特徴から整理して考えてみるか。 彼女――泪嬢は本名を田村泪(るい)と言う。二十八歳の別嬪中の別嬪だ。どのくらいかというと、町に行きかう者達が振りかえり、ある者は惚けて立ちすくむほどの美人であるという評判。整った顔は父親譲りらしい。確かハーフなのだと聞く。サラサラの金髪は……確かに質がいい。 しかしそれだけではない。性格は穏やかで優しい。相手に非がある場合でもまず自分が謝る。更にいつでも手を抜かず一生健命するので仕事ができる。うむ顔もよし、器量もよし、性格もよしの文句のない女性だ。 そんな女がなぜ拙者達とつながりを持ったのかと言うと、小さい頃偶々家の近所で出会った。それで友になったわけだが、数年後親戚の者に引き取られた彼女と別れることとなった。拙者達もそろそろ家業を継がねばならなかったので丁度時期だったのかも知れん。それから修業の日々に明け暮れ、ふと思い出した頃に彼女と再会した。 再開しても泪嬢は変わることはなかった。 と、ここでまたもや憙助(きすけ)に転ばされた。 「先ほどから何する貴様ぁあ! 刺すぞ!」 すると右頬にこん棒で突っ込まれた。「こーのわからずやーい」などと言われながら。 「わかっているっ。その泪嬢をどう拙者が思っているかを申せと言うのだろう!」 腹が立つので言いながら憙助(きすけ)に反撃した。が、拙者の太刀筋を見極め、こん棒ではじき返しおった。しかも意外そうな顔をされた。なんだその「わかっていたのかい君?」と言いたげな顔は。 「拙者にとって泪嬢はただの友。確かに拙者も納得するほど綺麗な髪をしている。うむ、あの切れ味はなかなか、さくりと切れて……」 思い出しにんまりする拙者。が、ふと見ると二人が拙者と距離を置いてヒソヒソとこちらを見て話していた。微かに「この切れ味フェチが」という言葉が聞こえた。ちっ、「切れ味ふえち」のなにが悪い。貴様らにあの魅力がわからんのか。あの綺麗に伸びた直線と赤い色合いとの見惚れるほどの芸術……と、そうではなくてだな。 「そもそも何故手前は先に言わなかったのだ」 突き刺すように憙助(きすけ)をねめつける。 「手前は泪嬢の気持ちを随分前から知っていたのだろう?」 すると憙助(きすけ)の奴は「ぎっくっりん」と言いながら誤魔化し笑いを浮かべた。 彼奴に笑顔で腹に刃をお見舞いした。悲鳴を上げながらのた打ち回る憙助(きすけ)。大の大人があの程度で情けない。しかし切れ味はまぁまぁだった。それに免じてもう一人の相方にでも看病してもらえ。 そして彼らをわき目に拙者は思考をめぐらした。 そもそも拙者は女に興味はない。男色でもないが、色事に疎い。しかし誰であろうと切り傷が美しいものは何にも代えがたい至宝だと思う。そう、すうっと伸びた直線、滑るように切れるあの感覚。美しいものは必ず極上の切れ味がするものだ。紙であろうと土であろうと肌であろうと。髪でも可だ。そう……泪嬢を散髪した時も……。 「……」 ん? 拙者は何の話を考えていたのだったか。ああ、泪嬢のことではないか。 どうやら拙者には色事は切っても切れぬ問題だ。仕様がわからん上、どうもこの分野は苦手だ。どうしても切り傷の話になってしまう。 「そうだ、こういう問題は手前のほうが得意なのでは?」 彼奴の方がいい考えが出てくるだろう。顔を後ろに向けると拙者はもう一人の相方の肩に手を置いた。 「頼む、杞輔(きすけ)」 * * * 「憙助(きすけ)の次は玖介(きすけ)。そして最後にアタシに振るっすか」 ふーっとため息をつくとアタシは手を止めた。 さっきから二人ともじゃれあっていた隙に薬の調合をしていた。こうやっていついかなる時も手当てが出来るように薬の補充をするのがアタシの日課。まぁ薬って言っても基本外傷用の薬っすけど。それに玖介(きすけ)じゃないけど、薬草をごりごりすり潰したりするのは結構心鎮まるということもあるっす。 「玖介(きすけ)の泪さんの散髪をしたって話は置いときまして、彼女はアタシ達にとって特別な存在であることには変わりないと思うっすよ」 そう言うと懐から出した煙管(きせる)を吸った。ぷかーっと白い煙が宙に浮く。その言葉に憙助(きすけ)は「転がりにょっきっきー」と地面を転がった。んで玖介(きすけ)は刃を丁寧に磨いていた。あんさんら、アタシの話聞いてないっすね。 だから薬を投げつけた。ちなみに痺れ薬っす。この頃専門外分野にも研究して作ったアタシ特製の薬。二人とも悲鳴を上げて許しを乞うてきてるっす。あ、結構効き目あるっすね。まだ試作品だったんすよ。 すると玖介(きすけ)が手を上げた。はいどうぞ。 彼の質問はアタシが泪さんをどう思ってるかってことだった。 「好きっすよ」 煙を吐きながらさらりと言うアタシ。その即答ぶりに一瞬二人とも止まった。ん? お二人さん、変な顔っすよ。 「アタシは別に言うまでもなく好きっす。少なくても友以上には」 二度目を言うと今度は二人に身を引かれた。しかも遠くからこちらを見ている。まぁお二方の反応は予想の範疇っすけど。 「あんな可愛らしくて綺麗な女性いないと思うんすよ。特にアタシ達の性格を知っててもなお付き合ってくれるという点でも」 その言葉に玖介(きすけ)に胡乱な眼を向けられるアタシ。いや、あんさんの「切れ味フェチ」を容認する彼女はすごいと思うっすよ? 憙助(きすけ)の「転ばしフェチ」もそうっすけど。というか何気に憙助(きすけ)、そこで「にやーんにやーん」って言うなっす。萌えているのか笑いの擬態語なのかはっきりしてくれっす。 「しかしそもそもっすね……」 とりあえず口に山葵(わさび)を入れて地に伏す憙助(きすけ)を横目にアタシは言った。 「まずアタシ達が問題にすべきなのは――泪さんは誰に告白したかって所だと思うんすよ」 懐から薬草の入った包みを取り出すと、すり鉢に入れてごりごりとアタシは薬を作り始めた。ふーやっぱり薬を作っていると落ち着くっす。 「だってアタシ達『キーさん』は、全員その場にいたんすよ」 その言葉に二人は顔を見合わせた。 そう、それが問題。こいつらに泪さんが言ったか否で、話は変わってくる。ごりごり、あ、あの薬草も入れないといけないっす。 「とりあえず、あんさんらこっちに来るっす。ほら、憙助(きすけ)に玖介(きすけ)」 一旦アタシは手を止めると、ぽんぽんと自分の横に来るように地面を叩いた。 |