「勿体ない」の「も」は「もっけ」の「も」




 えーっと初めましてそしてこんにちは、観田(しょう)と言います。高校生です。よく小学生、もしくはおばちゃんと間違われま……え、間違われますよっ。服装とか眼鏡かコンタクトの違いでっ。え? そんなことないですか?! み、見てみますかっ!? 普段着&メガネ装備スタイルになれば、ばっちしちっちゃなおばちゃんですよっ!
 と、話題が反れてしまいました。え? 違うんですよ! これが話したかったわけではなくっ。くっ、信じてませんねっ。ちゃんとおばちゃんに間違われるのに……って高校生って事実の方ですか!?
 ……無性に悲しくなりました。
 と、とりあえず本題に入らせていただきますよっ。実は今悩みがあります。って言うのは……。


* * *


 そっと僕は覗き込んだ。
 教室の中。そこには一つの影。
「お前なぁいい加減にしろよ」
 そこには一人の男子生徒。なにやら彼は少々呆れ怒っているようだ。
そもそもなんで僕がこんな行為をしているかと言うと、忘れ物をしたからです。大したものじゃない。筆箱を忘れたんだ。うーん一応お気に入りのシャーペンがあるから重要っちゃあ重要だけど……シャーペンくらい、家にあるし。
 だけどどうしようかと正門で三十分ほど唸っていた結果、こんなに悩むくらいなら取りに行ってしまえ! ……っと言うことになった。
 うん、僕ってなにかと気になったらずっとそのことが頭から離れない性格なんですよね。うー、これだったらすぐ取りに行ったらよかったなぁ。
 などと思いながら僕は再び教室に戻った。今は放課後、しかも終業式終わって、HRも済んで二時間くらいたっているから校舎にはあまり誰もいない。
 そして僕は教室の前に来た。正門から教室まで結構遠い。それが悩んだ理由の一つだったりしたんだけど、とりあえずここまで来た。ちょっと疲れた。
 けど……
 僕はドアに伸ばした手をぴたりと止めた。
 誰かの声がしたんだ。
 男子の声がした。でもその時、僕は妙な感じがしたんだ。なんか……変っていうか。
 まぁしかし教室なんだから、普通誰かいたっておかしくない。そんな遅い時間でもないし。そう思いながらも、僕はドアから手を離すと、横を見た。
 そこには少しばかり隙間の開いたもう一つのドア。
 僕の目の前のドアは閉まっていた。
 息を潜めると、僕は足を忍ばせて窓から自分の姿が見えないよう、下を屈みながら通ってそっと、ドアの前でひざをついた。
 どうやら中の人は僕に気づいていないみたいだ。
 ドアに触れないようにそっと僕は隙間から中をのぞいた。
 で、見えたものが……一人の男子生徒。今はなにやらため息をついている。
 そこでふいにその男子生徒を凝視した。あ、この人確かどこかで……。
邦雄(くにたけ)さん。そこまでいちいち言わなくてもいいじゃないですか」
 もう一人少年の声が聞こえた。
 あ、そうか。僕は納得した。正岡邦雄、か。そう言えばそんな名前の人いたなぁ。どうりで聞き覚えがあったと思った。
 僕は友達から聞いた噂を思い出した。確か……
 十年間片思い相手にストーカーまがいの猛烈アタック中の変人。
「……」
― ろくな人じゃないですね ―
 僕は颯爽と家に帰ることに決めた。シャーペンなんて家にいくらでもありますから。ここはもう即帰るべき。
「いやいや、そこまでというかこれは言わざるを得ないというか……」
 なにやらつっこむ某変人。僕はゆっくりと音を立てないように立ち上がった。
「だって……勿体ないじゃないですか。学校というのは勿体ないの宝庫なのに……この僕が黙ってられるわけがないじゃないですか」
 それに反論する少年の声。
 って言うか……。
 教室の中から聞こえた声にあることに気がついた。もう一人少年の声がしたということは、某変人以外にももう一人いるはず。
― もう一人、いたっけ? ―
 そこでもう一度中を覗き込むことにした。
「いやぁだからってこれは……やり過ぎ」
 正岡邦雄がイスを引いてどかりと座っていた。そのそばにはさっきまでは見えなかったもう一人の少年がいた。男の子にしたら少し長めの髪だろう、無造作にぼさぼさだ。しかも……
「だって……勿体ないんですから仕方ないですよ」
 しゅんとなりながら言う彼は水色のジーンズの生地のハンチング帽、なんだか古臭い絵柄の入った長袖Tシャツ、穴の開いたジーパン、そして下駄を履いていた……って下駄!?
 僕は思わず少年の足元を凝視した。
― え? え? えぇ? 今時下駄? 夏でもないのに?! っていうか薄着じゃないですか!? わーすごーいこの人きっと新陳代謝すごいんだー ―
 なんだか変に少年に感心してしまった。
 だから下駄のインパクトが強すぎて、こんな少年を先ほどなぜ見えなかったのか、そんな疑問がこの時は吹き飛んでしまっていた。
 しかし僕はこの次に更に驚くことになる。
「これでも僕……自粛してるんですよ」
 遠慮がちに言うと、彼はぽんっとそばにあるモノを叩いた。
 そこには二つの大玉……いや、色々な布を縫い合わせた袋があった。たぶん、僕くらいの高さはあると思う。上の方で見える縛られた口からノートや教科書、文房具が見える。
― え、もしかして……コレの中身全部それ? ―
 明らかに重そうなそれに僕は口をぽかんと開けてしまった。こんなもの、どこで集めたんだろう。
「確かにあまり使ってないノートをゴミ箱に捨てるヤツはいるけどさぁ……なにもここらへんの学校のゴミ箱全部漁りまくらなくてもな」
 僕は某変人の言葉に更に驚いた。
 これはいったい……どのくらい学校を回ったんだろう。ふつふつと疑問が浮かぶ僕だった。
「何かと皆さん、終業式の日はノートや教科書をゴミ箱に捨るんです。それを拾うのは僕の性分ですので」
 苦笑するぼさぼさ少年。やるな。
「よろしくお願いします。たぶん、これ二十キロはありますので」
― 二十キロ? 大きさ考えてもっとありそうですよっ! ―
「まぁ去年に比べたらマシだけどさ」
― え、マシなの?! ―
「すでに『勿体ない推進協会』の方々が回収してるじゃねーか」
 へーといろんな意味で僕は変人の言葉に感心した。『勿体ない推進協会』なんてもの存在するんだ。僕も常々勿体ないし、着れなくなった服は学校が集めてくれるから出してるけど。海外の貧しい人たちに無償で送るというものらしい。
 もしかしたら学校もその協会に入っているのではと思っていると、二人の会話は続いた。
「でもです……あの方々も僕の守備範囲は僕に任せるって言われて……」
「……ところでどこまでなんだ、その『守備範囲』ってのは?」
「そうですね……ざっと小中高の学校合わせて十校くらい?」
 さらりと言われた言葉に僕は納得した。つまりこの袋はその十校合わせた量なんだ。妙に納得できた。
「この高校だけでこれでどうするんだ、こら」
「ですから正岡邦雄さんにご協力して頂こうと……」
― ……ってこの高校だけでコレ?! ―
 思わず袋を凝視した。全校生徒が捨てたものをコレだけの量集めたのか。
「いや、ちょっとこの量はなぁ。つかどこに移動させるつもりだ」
「あ、正岡さん家などは広くて都合がいいかなぁ……と」
「人ん家かよおおおっ」
「妖怪に友好的な正岡さんは頼みやすいので」
 少年の言葉にはあ……と深いため息をつく某変人。
 すごい環境に優しい子なんだぁと感心した。そして新たな発見だけど、どうやら某変人はただの変人じゃなくて、とても面倒見がいいらしい。そっか、変人正岡邦雄にもいいところもあるんだ。
 しかしふいになにかが頭の片隅で引っかかった。
 ……なんだか今ものすごく変な単語が出たような。
「勿体ないお化けってたまにはいいけど、やり過ぎは困るんだよなぁ……」
― ……え? 今「お化け」……って? ええ? ―
 乾いた笑いを浮かべながらとてつもなく膨らんだ布袋を見上げ、呟く正岡邦雄。今ものすごく何気ない口調で変な言葉を聞いた気がするけど……
「申し訳ないんですけど……勿体ないお化けに勿体ないを取ったらただの厚かましいお化けですよ」
― お化…… ―
ガタッ
 僕はつい話に食い入っていたあまり、ドアにもたれかかってしまった。その弾みで音を立ててしまったんだ。
― しまっ…… ―
 慌ててドアから離れ、壁にへばりついた。教室の中から声が聞こえない。
― や、やっぱり気づかれましたよね? ―
 なんだかいけないことをしたような後ろめたい気分と、謝らないといけないという妙な気持ちが交差してしばらく、そのままの状態でいた。けどやっぱりこのままではいけないと思い、立ち上がった。
― 素直に、謝ればいいよ、ね? ―
 そう思って思い切って教室の中に入った。
 けど……
「え……」
 そこには誰もいなかった。
 あの大きな二つの布袋も、あの二人の少年も。
 ただ、そこには正岡邦雄が座っていたイスだけが、机から引かれていた。誰かが座っていたという痕跡を残して。
「……いなく、なった?」
 僕の声が空っぽの教室に響いた。



* * *

 それから僕の日常は変わったと言えば変わった。あまり変わらないと言えば変わらな――……いこともない。
 だってね、実はあの後、僕、彼らの行き先がわかったのでなんとなくついて行ってみたんです。
 とは言っても某変人の家だけど。もう少し細かく言ったら正岡邦雄の家じゃなくて、親戚の家。もっと詳しく言うと本家ってとこらしい。本家って正岡邦雄は坊ちゃんか、という突っ込みを入れたくなった。
 それにしてもすごかったよ、本家。んで、その本家に行くまでの道で尾行していたのがばれたんだけどね。
 ああ……っていうか好奇心のあまり某変人と同じストーカー行為をしてしまったことを今では恥じています。
 そしたら……

ピンポーン
 
 ああ、来ました。来てしまいました。ドアは開けません。知ってますから、別にドアなんて鍵を開けなくても彼らは入ってきますから。妖力で。
(しょう)ちゃん、ちゃんと無駄遣いはしてないですよね?」
 案の定、音を立てながら僕の部屋に彼らは入ってきた。
 入ってきたのはぼさぼさの髪をした少年――ではなく、中年おじさん。しなびたジーパンに上はジャージを着ている。
「勿体ないお化けさん……」
 僕は呟いた。そう、今は中年の……四十代のおじさんですが、あれだ。この間某変人と一緒にいた勿体ないお化けさんです。どうやら彼は姿を自由に変えられるのだとか。というか今はそんなことどうでもいい。
 どうも僕は勿体ないお化けさんに取り憑かれ……いえ、気に入られてしまったようです。
 と言うのも、実は僕の家族、結構な節約家もといケチな人たちが多いんです。と言いますか……
「えらいえらい」
 この人というか妖怪は――実は身内でした。曾じいちゃんらしい。なんてこった。
 嬉しそうに頭を撫でてくる勿体ないお化けさんを複雑な笑みで見た。
 これでは某変人を変人とは呼べなくなる。ふふ、あー哀しい。でも僕は彼みたいに好きな人を何年もストーカーしません。うん、しないよ、これは断言する。
 あー……正岡君と言えばつい最近、彼は代々妖怪学の名家だったらしことを知った。いやー本当の話だ とは思わなかった。しかも妖怪って実在したんですね。軽くカルチャーショック。この頃こんなにいぢ化に用か言っているんだって知りました。
 というか大体勿体ないお化けさんに会う以前は、見えなかっただけらしいけど。
「お邪魔〜」
 などと色々と悶々と頭を抱えていると次に入ってきたのはにやけた逆三日月型の目をした熊だった。
 名前は邪魔ん婆(ば)、妖怪です。小悪魔っぽい声をしながらウケケケと笑い声を上げながらやってきた。にやけた逆三日月の形の目をした正体不明の生物。いや、本当に表現し難いほど正体不明なんですよっ。
 一応今は熊型ですが、姿は自由自在。背丈は現在僕と同じくらいで、どろりと飴玉みたい溶け出したかと思うと、今度は……とにかく七変化するんです。基本は山姥型らしいけど。
 人の『邪魔だぁ』とか思ったり、物事がうまくいかない時に喜々としてやってくる厄介な妖怪。性格悪いよね。でもそれが邪魔ん婆の食事になるらしい。
「どうぅでぇらへぇー」
 するとあとからのっっっそりともう一人やってきた。
 この不可解な妖怪第二号は名前もそのまんま、『どうでらへぇ』。全身が粘土みたいにぷにぷにぶよぶよしているんです。なんて言えばいいのかな、大福まんじゅう人形みたいな感じ(?)です。 
 たぶんこの子がいるおかげでこんな状況下でも和んでいられるんだと思う。『どうでらへぇ』特有の妖力の影響もあるんじゃないかと。この子の力は誰かを『どうでもよい』気持ちにさせることらしいですから。
 それに、『どうでらへぇ』、可愛いし触り心地もいいです。
「えーっと……おいで?」
 その場に固まって動かなくなったので遠慮がちに手を広げると、ぽてぽてとどうでらへぇは近寄ってきた。けれど少しすると途中で立ち止まり、ぷうぅと顔で口のあるだろうあたりにぽこりと穴を空けて息を吐いた。
「ど〜でらへぇ〜」
 つまり、どうでらへぇは歩くことが『どうでもよくなってしまった』らしいです。
 僕は呆れることも『どうでもよく』なってしまい、なんだか微笑ましくなり、そっと自分からどうでらへぇを抱き上げた。
 けど……
「……邪魔ん婆は別に抱きたくないんですけど」
「アタイの特権、邪魔デスカラねぇ〜」
 にやにや笑いながら邪魔ん婆が言った。
 どうでらへぇだけ抱き上げたつもりが邪魔んばもまぎれこんだらしいです。今度はにやけた目をしたこぶたちゃんのぬいぐるみに化けています。
 ……と言いますか
― 邪魔ん婆の目はいちいちいやらしくて嫌です ―
 なんだかセクハラされている気分になってしまい、とりあえず二人を机の上に下ろしました。



* * *

 そんなこんなで妖怪達と過ごす日々を送っています。ちなみに私以外の家族も彼らのことを認識している。知っているんです。しかもなんか驚いてませんでした。っていうかむしろ精霊のお友達がいるってお母さん嬉しそうに自慢した。ちなみに椿の精霊らしい。ついでにお父さんもその精霊さんと友達でしかも途中まで同じ学校行ってたらしい。わー僕こんなファンタジーでメルヘン(?)な環境にいたんだー。
 ……少し疲れてきました。幽霊で十分なのになんで妖怪までとご縁があるんだろうか。
 あ、そうそう最初に話した悩みのことですか?あーあれですよ。

僕は妖怪に認定されたそうです。

 ちなみに妖怪達に。うん、勿体ないお化けさんが僕のおじいちゃん(曾々じいちゃん)だからということで僕も妖怪認定。
 あれ? でもおじいちゃん亡くなってから勿体ないお化けになったんじゃないんですか? 本当のゴミ屑を新品そのものに作り替えてしまうという力をつけてしまったおじいちゃん。実は技術だけじゃなくて自然と妖力も備わってきて、それを使っていたという。そして死後勿体ないの妖怪に。
だけど……。 
 僕まだ生きてるよ?
 え? 僕の勿体ない精神が勿体なお化けさんといい勝負だって? ええ? だから?
 そんなことないって。心当たりはないか、ですか? いやだってそんな勿体ないお化けさんに太刀打ちできるほどのことはしてないですよ。
 ん? これ? 粗大ごみに捨ててあった半壊したMDコンポをちょちょっといじくって直したんですけど。え? そんなすごくないですよ。ちょっと材料そろえるのと機械を直すのに慣れているだけで……。
 え? この机? えーとこれもその、粗大ごみの日に近所のおばちゃんが捨てるって言うから。ちょっと引き出しが二、三個と机の部分が割れてたり、脚が壊れてただけだったし。工具で直してついでに自分好みにリフォームしてペンキ塗ったんです。
 あ、え、可愛いですかそのカバンっ。う、嬉しいです。あの私、小物とかお裁縫大好きで要らなくなったジーパンとジャンパーとシャツで作ったんです。よかったら、作ってあげましょうか? え、はい! これ買ったんじゃなくて作ったんですよ。
 え? なんですか、その微笑ましい眼差しは。あの、僕なにか変なこと言ってました?

 え? 合格? なんの……って勿体ないお化け認定合格ですか?!
 僕合格なの?!

 ……えー……とりあえず、妖怪に認定されて、悩んでます。
 

                    




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