WOSEC某地区某支社のとある日常



「ふー……」
 私は一通り報告書に目を通すと、溜め息をついた。
 この部署に入って3年になるが、なにかと忙しい。給料はわりと良い方であるし、待遇もかなり良い。だが部署が部署であるだけに、人手が少ない。いや……手が足りないわけじゃないのだが……。
 書類を机に置き、必要な事項に記入すると、部課別に仕分けて一旦手を止めた。
 これは私の勝手な固定観念であり、凝り固まった考え方であたかも世界のすべてを知ったかぶるつもりはない。しかし、なんというか……あえて突っ込んでも仕方がないと言うか、仕様がないのだが……ないのだけど……。
 ふと耳に休憩を知らせるチャイムの音が入った。もう昼休みか。
「陳(チェン)さん、どうされました? 眉間にしわが」
 隣から同期に入社した同僚が話しかけてきた。
 清楚な雰囲気を持つ彼女、郭(グォ)さんはついっと綺麗な細い指で自分の眉間を指している。
「いえ、なんでもありませんよ」
「そんな……遠慮なさらず言ってください」
 ふわりと心配そうに笑いかけてくる彼女。そんな彼女に少しばかり肩の力が抜けたような……癒されたような気がする。幾分か気が楽になった。しかし、それはなんだかさっき考えていたことと矛盾していることになる。だが、この際無視しよう。
「陳、飯だ。飯! そんなシケた顔してる暇があるんなら弁当は持って来てるんだろうな?」
「袁(ユアン)、叩くな」
 後から背中をバシバシと叩いてくる彼の名前を呼び振り返ると、袁はニヤリと笑った。スーツをしっかりと着こなしている彼は間違うことなく、やり手の社員に見える。実際、別の意味でもやり手な性格をしている。しかも、妙に顔が整いすぎだ。
 騙されるな私。袁のこの顔は偽ものだ。幻像だ。違うんだ。くそぅ。羨ましい奴め。
「ん? ……ああ。お前またココの特殊性にでも悩んでいたのか?」
 私の顔を覗き込むと袁はニタニタ笑っていた。……本性でかけだな。
 と、言うより袁のこの笑い方はやめてほしい。顔に合わんぞ。
「……なぜわかる?」
 私がそう吐き出すと、愉快そうに袁はニヤっと笑った。……その悪だくみしてそうな笑いもやめてほしいのだが。
「陳さん顔に出やすいのですよ」
 隣でデスクを片付けていた郭さんは遠慮がちに申し訳なさそうに言った。
 そうか……気をつけなければならないな
 苦笑する私に「でも……」と言いながら彼女は思い出すように上を見た。
「私も今はだいぶ慣れましたが入社したての時は……うん、そうですね……戸惑いがだいぶ大きかったです。……人が苦手でしたから」
 するとうんうんと腕を組みながら、袁がうなずいていた。
「そうそう! 俺も正直戸惑ったよ」
「え、ホントか?」
「だってこの会社、こちらの界隈では精や怪人、怪物その他を正面切って受け入れてくれるんだぜ? びっくりしたなぁ」
 そう言うと袁は普通に仕事くれるんだもんなぁと感慨深げにまわりを見渡した。
 そこにはデスクが並んでおり、それぞれの机にパソコンと書類やらのっている。そして部屋には人が10数人ぐらい、そのうち4人は首から上が動物だったり、むしろなにか直立している獣らしき人がいたり……つまるところ、人外の者がいた。実際はっきりわかるのは4人だが、他の者も何かが化けている可能性は無きにしも非ず。たしか、向かい側の机の普(プ)さんは貫匈人……胸に大きな穴が開いた種族だったなぁ。
 確かに私も入社当初カルチャーショックを受けた。
 むしろここには人間がいるのか? とか実は私が採用されたのは人外だったからでは? などと考えてしまう始末だ。
 実はここの会社は町のど真ん中に位置している。なのに人外を採用すると言う奇妙な会社だ。しかし採用情報は人外の情報で回っているだけで実際人にはそういった広告はしていない。おそらく私みたいにこの会社に人外がいると知るものはそんなに多くはないだろう。というのは仙術や妖術などで人外は皆人に見えるようにしてあるのだ。不自由だがそれがこの会社のこの支社での最重要規則の一つでもある。そして採用規約(人外)の中にも書かれている。だが、それにしても結構ここは人外の方々が多く働いている。
 ちなみに袁も郭さんも人ではない。
 その界隈の者なら袁の場合、白猿(バイヤァン)ということは一目瞭然。『袁』を名のり、仙気を帯びた者だからすぐわかる。白猿は獲猿(カクエン)や日本のヤマコと特徴が似ている。袁いわく、一応親戚らしい。実際、袁の親戚が日本に住んでいるらしかった。白猿はまぁ、仙術や人語を操れるようになった大猿みたいな外見だ。今彼がしている姿は化けた姿であって本来の姿ではない。
 郭さんはと言うと、虎人だ。文字通りといえばそうだが、彼女の本来の姿はトラだ。彼女の一族は人に化けることができる。けど、一つだけ欠点がある。と言うのは人に化けることはでき、その時姿は一見一般の人間と変わらないのだけど、かかとがないのだ。だから見分けられると言えばそうだ。しかし最近、科学はつくづく発達していると思う。かかとパットや合成ゴムかかとをつけ、靴下を履いて歩いているため注意深く見てもあまりわからない。まったく便利になったものだ。あとは特にこれという特徴はない。虎人は人に化けることのできると言う点以外妖力や仙術がつかえるわけではないのだ。
 私は立ち上がってまとめた報告書を手に、一旦休憩を取ることにした。しかしその時、机の上にふわりと制服を着た可憐な小さな女性が現れた。木の精の花魄(ファポォ)だ。手のひらに乗るくらいの身体なのによく彼女らは働いてくれる。ちなみにこの花魄は伝達係やちょっとした雑用をしてくれている。
 すると彼女はある紙切れを渡してきた。いったい誰からだろう。
 不思議に思いながらもお礼に花魄専用の水の入ったペットボトルを与えた。それを受け取ると彼女はにこりと笑って一声インコみたいな声で鳴くと、頭を下げてどこかへ去っていった。



「先月の報告書によると、藻居や山精達から苦情が急増しているようですね」
 見ると空きの会議室に3人の人間と動物みたいな者がいた。一人は女性のようだ。引きつけるような凛とした面立ちに冷静さを備えた淡々とした雰囲気を持っている。流れるような烏の濡れ羽色の黒髪はさらりとゆれ、彼女の秀麗さをきわだたせていた。しかし、それだけではない。彼女にはなにかしら威厳があり、漂う気が他の女性と違っている。聞こえた名前からおそらく、彼女は……黄(ファン)明(ミン)鈴(リン)。術師の名家、黄家当主。
 こんなところで彼女に会えるなど奇跡だ。
「はい。件(くだん)の伐採計画のことです」
「彼らにとっては山を……家を壊されるのと同等ですから一部地方で暴動が起こりつつあります。私の目から見ても彼らは相当困惑しておりました」
隣りの二人には見覚えがあった。鴉黒(ヤァヘイ)先輩とその先輩の先輩である、敏之(トシユキ)さんだ。現場調査課の彼らがここに来るなんて相当な問題なのか、あの伐採計画は。他にもゴミ廃棄や埋め立て、汚染問題で精や魍魎達から今月も苦情が来ていた。特にゴミ問題は彼らだけでなく、私たちの未来にかかわる問題であるから厄介だ。
「この問題は私の部署で解決いたします。術師の作る木でなんとかしのぎましょう。しかし、今後の問題に関して善策を練らねばなりません。術師も万能ではありませんから」
 黄の声が響いた。前にも彼女の一族がほかの問題に術師の力を遣ったのをどこかで聞いた。しかしいつまで持つだろうか。実際、現実はどんどん森林がなくなっていっているのが事実だ。
 その隣、動物の方は羊の身体に麒麟(キュイリン)が合わさったような外見で……ってなにっ!!!???
 素通ししそうになった私はぎょっとして目を見開いた。これは……もしやあの解豸(イェズィ)!? 確か瑞獣と言われるめったに見られない生き物のはずだ。麒麟と並ぶ天の裁判官がなぜここに? 私はなんと運がいいのだろう。
 私は驚きのあまり用事も忘れてそのまま立ち尽くしてしまっていたのだった。

 

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