風鈴の記憶









ちりりーん……



青い空。



その澄みわたった天の海原に

雲が游いでいくのを

私は縁側でカキ氷を食べながら見ていた。


 私は空を見るのが好きだ。雨の日も晴れの日も曇りの日も関係なく、小さい頃から空を見るのが好きだった。あの綿菓子のような雲が少しずつ形を変えていく様子とか、時間が経つごとに色が違っていく空とかが今でもとても不思議でおもしろく感じる。


空が表情を変えていく様子はまるで

ワタシタチと一緒だ




私は感じる


時間が経つにつれ

変わっていく


ワタシタチと






ちりーん……









あの雲……


 私はある雲のかたまりを見上げた。


 なんだかまるで猫みたいな形に見える。


なんだか

あの子に似ている……

そう

マナコに……――





 マナコは私が6年ぐらい前に拾ってきた…と言うより私を拾ってくれた白猫だった。一応言うけどマナコは男。最初に出会った時、まだ子猫だった。当時、私は引っ越したばっかりでこの土地に馴染むためにあたりを探検していた。そして…迷子になってしまった…
 はっきり言ってよくこんな歳にもなってこんっなはっずかしい事したなぁと思う。そもそも、後先考えず、はしゃいで家を飛び出した私が悪いんだけどね。
 とりあえず
 私は迷子になって、自分がどこにいるかわからず途方にくれていた。運悪く、どんなに歩いてもあたりにはだあーれもいなかった。その上新しい住所も電話番号も覚えてなかった。むしろ財布を家に置いてきていた。私はあまりにも自分の馬鹿さ加減と無頓着さに呆れて、涙がちょちょぎれそうだった。もう、誰でもいいから来て!と、そんな風に思っているとその直後に後ろで物音がしたんだ。

天の助け!!
「すみませんっ!」

 だから思わず振り返りながら私は勢いよく言ってしまった。でも…

「…………」
「…………」

いや、
誰でもいいから来てって思ったけどさ…



猫デスカ!?



 それがマナコと私の出会いだった。

「て、言うか私猫語わからないし! ……いやいやいや、むしろそれ問題じゃないよ私。落ち着け私! 落ち着くんだっ!」
 私はその時思わず思った事を口に出しながら頭をかかえてその場にしゃがみこんだ。
 もし、誰かが見てたらたぶん変だと思われてたと思う。と言うかマナコは見ていたけど(笑)そして実際マナコはびっくり目を見開いたかと思うといぶかしそうに私の顔を見ていた。そんなマナコを見てたら情けなくなってホントに謝りたくなった。
 するとマナコは頭をかかえてうずくまっている私ににゃーと一言鳴いた。
 顔をあげるとマナコは私に『ついてこい』と言ってるかのように、前へ歩くと私を振り返っていた。
 その時、なんでかわからないけど、私はそのままマナコについて行った。どうせ迷子になってしまったし、なにもしないよりもついていく方がマシと思ったのかもしれない。あたりは暗くなってきたのもあって、一人になりたくなかったのかもしれない。

でも

 この時私は心のどこかでマナコを信頼してたんだと思う。


 絶対マナコは家まで連れていってくれると。


そして


本当にマナコは私を家まで連れていってくれた。







ちりーんりーん……




 それから5年間、私とマナコの共同生活が続いた。
 ホントはマナコは私を送った後自分のすみかかどこかへ帰ろうとしたんだけど私が無理矢理引き留めた(笑)
まぁ……
 共同生活って言っても平日の昼間は私は家にいなかったし、マナコもどこかへ出かけてたみたいだけどね。

 それでも、私とマナコは一緒に暮らしていた。
 引っ付きすぎず、かと言って離れてもいない――――そんな関係だった。
 私が帰ってきても絶対家にいたわけじゃないけど、私が帰ってきたら5分もしない内に必ずマナコは帰ってきた。ん? 帰ってきたのか、と言いそうな感じで。逆にマナコが先に家にいた時は私が帰ってくるとすぐ、そばによって膝にのってきた。


 あたり前のようにマナコはいつもそばにいてくれた。




それがとても温かくて……


うれしかった




そんなある日





マナコはいなくなった




いや、猫はいつもどこかでほっつきまわっているのが普通なんだろうけど……

でも

 その日から忽然と姿を現さなくなったんだ。





ちりーん……りりーん……






 そして今に至る。
 あれから1年と21日。
 未だにマナコの姿はない。



 最初はそのうち帰ってくるだろうと考えていた。たぶん、彼女でもできたんじゃないかと。でも、マナコが本当にいなくなったんだとわかった時、私はなによりもマナコがケガをしたんじゃないか、ご飯は? 病気になってたらどうしようと思った。でも、後からよく考えてみるとあいつはケガするようなタマじゃないし、ご飯は前から必要な時は勝手に自分で調達できたから最後のはともかく、大丈夫だとわかった。


 でもふと、最悪の状態の事も考えてしまった。

 体が凍るような感じがした



ほら


猫って

死に際になるとある日ふっといなくなる



って言わない?





死んだ姿を見させないために(・・・・・・・・・・・・・・)



 だけど、そんな考えもすぐに消えた。なぜだか強い確信があったから。
 マナコは絶対死なないと。

 だから、大丈夫と思いなおしたんだ。

変だよね?

 でも今でもその考えは変わらない。

 まぁ……マナコは最初から普通の猫とはどこか違う感じがしてたけど。



 それに結局、私がどんなに心配しても仕方がない。マナコが無事な時は無事だし、そうじゃない時はそうじゃないんだから。だって私には知りようがないんだもの。



だから


待つことにした





どんなに時が流れても

待つことにした


きっと



バツが悪そうに帰ってくると



そうしたら
思いっきりゲンコツを食らわせてやろう


それくらいの事はさせてもらってもいいと思う





「でもさぁ……」


 私は溜め息をついた。
 結局、結構な時間が経ってる。
「いったいどこへ行ったのかなぁ……」
 私はカキ氷の器をわきに置くと再び空を見上げた。

りりーん……


1年も経ってるんだけどなぁ…

 何年も一緒に過ごしただけにそう思ってしまった。くじけそうだった。やっぱり、ちょっと淋しいよ。
 私はふと笑った。


ねぇ……




「いつか……帰ってくるよね?」




りーん……


「会いたいよ……


――――マナコ……」




りりーん……




「にゃぉー!」




「うわっっ!」
 私は驚きのあまりすぐ横の柱に頭をぶつけてしまった。
「ったあ!もう、ギンカっ!びっくりしたじゃない!」
 頭をさすりながら私は下に視線を投げた。
 そこには灰色の子猫が腕に頭をこすりつけている姿があった。
「はあ……人が感傷にひたってるとこに…………って…………いい――っっったああああ!!!!!」
 いつの間にか、調子にのってギンカは私の手をガリガリ噛んでいた。しかも、おもいっきり(泣)
「ちょっとっ! なに噛んでんのあんた!?」
 そんな私を無視してなに事もなかったかのようにギンカは私の膝にのった。

……くつろいでるし

 私は溜め息をついた。
 ギンカはマナコがいなくなってから7ヶ月後くらいに、友達からゆずってもらった。ちなみに女の子。て言うか、マナコがいなくなってから気が抜けたような私に、しびれを切らして強制的に渡されたんだ。
 本当に心配して渡してくれたんだ。

んー……
そんなに私、落ち込んでるように見えたんだなぁ……

「はあ……」
 私は再び溜め息をついた。
 それにしてもホントにわがままなんだよ…こいつ。好き嫌いは激しいわ、昼寝する時は一緒にいろだの、だっこしながら散歩しろだの……exc。おもいっきり振り回されっぱなし。
まぁ……

 それも今の私にとっては必要なのかもしれない。
 満那(まな)によるとギンカが来てから前より私は明るくなったみたいだし……。
 ちなみに満那はギンカを譲ってくれた友達。

「でもね……」
 私はギンカに笑った。
「あんたはマナコの代わりにはなんないよ?だってマナコはあんたみたいにガキっぽくないしねー!」
 そう悪戯っぽく私はギンカを見ながら言った。すると、ギンカはじーっと黙ったまま私を見ていたけど、しばらくしてギンカはトテトテとどこへ歩いて行った。
 そんなギンカを見送った後、私は再び空を見た。



マナコ







気長に待つことにするよ







りーんりりーん……








「んー……なんか静か」
 私は背伸びをすると後ろを振り返った。
「ギーンカー!」
 呼んでみたが返事はなし。
「……もしかしてスネた?」
 私はぽりぽり頭をかいた。ちょっと言いすぎたかなと私は思いながら台所に行った。ヤキモチかぁ……かわいいとこあるじゃん。でも、そんな気持ちははるかかなたへ飛んでいってしまった。目の前に広がる白いナイアガラの滝を見ると。
「ああああああああああああっっ!? あんたなにしてんの!?」
 冷蔵庫の棚から床に流れる牛乳を実においしそうにギンカは飲んでいた。
「ちょ……牛乳があ!」

もう!今度からこいつからは絶っっ対目を離さない!

私はそう泣きそうになりながらも


少し


ほんの少しだけど



そんなギンカを楽しんでいた。







りーんりーんりーん……





 縁側に1つの小さな風鈴が鳴っている。
 金魚の絵が描かれているガラスの風鈴が。



その向こう側の塀の上に



白い



猫が座っていた





 その猫の視線は奥の部屋に向いている。
 そこからは女の人の声が聞こえた。なにやらギンカ!と叱ってるようだ。
 その奥の部屋をその白い猫は見ていた。


 するとその猫は立ち上がり歩き出した。
 そしてもう一度立ち止まってふりかえり……

愛しそうに

目を細めると

 そのままどこかへ姿を消した。





りーんりーん……





りりーん……








―end―  





 

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