カエルの旋律



 初夏にしたらちょっと涼しめの風が私の頬をなでた。
 それもそのはず、今日雨が降ったからだ。昼間に突然ざぁっと叩きつく勢いの雨が降ってきたかと思うと、止んで、また雷とともに降りだして……。でも、からっととはいかないけど夕方にはすっきり止んだ。そんな雨上がりの心地よく、涼しい湿気に爽やかな気分になりながら夜空を見上げた。
 そこにはおおむね晴れた漆黒の空。
 雲が所々に漂う間に星が控えめに光ってる。
 それにカエルがケロケロと鳴いているのもなんとなく味。
「なぁんか気持ちいーね、夜のお散歩って」
「ま、ね。ちゃんと前を見てよ、お姉ちゃん」
 私が伸びをすると、となりで歩いていた葉(よう)がジュリアス――ジュスの方に視線を向けた。見ると、ちょっと歩道からはみ出て道路の方に行きかかってる。
「ちょっとジュス。そっちにいっちゃだめ。もうっこの子は、轢かれるっつーのに」
 私の声にちょっとは反応して歩道に戻ったものの、ジュスはまたのん気にしっぽを振りながら道路の方に行きかかってる。そしてぐいぐい前に突き進む。ちょっとは遠慮しろ、ジュスよ。
「いつまでたってもこのおっさんは忙しないよねぇ、がに股だし」
「そうそ! ま、こんな夜に女の子二人で夜のお散歩をできるのもジュスのおかげだけどね」
「……うん。番犬にはなるかな、見た目だけ」
 私の言葉にじっとジュスを見てから笑う葉。ほんと、見た目だけ立派でかっこよさげな犬なんだけどなぁ。
「それにしてもカエル結構鳴いてるね」
「うん、なんかいい感じ」
 前から自転車が走ってきたので、手綱を引っ張って左にジュスを誘導させながら言った。
「ほら、あそこから聞こえてるんでしょ」
「うん、みたいだね」
 葉が指で示した先には広い田んぼがあった。軽く一軒家が6つか7つは建てられる広さだから、かなりいい風景。今時わりと都会な場所では珍しいよね。稲の苗が植えてあってそこら付近から鳴き声が聞こえてきていた。うるさすぎず、かといって控えめでないカエルの鳴き声はまるで昼までのセミみたい。ま、セミの方がうるさいけど。
「昼間はセミ、夜はカエル。味だねぇー」
「両方とも大半の女の子には嫌われがちだけどね」
「でも、なぜか蛍は女の子は嫌わない。虫なのにさ」
「きれいだし、直接触るなんてことしないからじゃない?」
 うーん……なるほど? 妙に納得できた気がした。そういえば蛍ってカメムシの仲間みたいなもんなんだっけ? わかんないけど。家の近くで今年は見れるかなぁ、蛍。水がきれいな所だったら見れるらしいけど。
「こことか田んぼがあるし蛍とか見れるかねー?」
「さぁ? 昔は見れたんだと思うけど」
「むぅ……ほー、ほー、ほーたるこい。あっちのみーずはにーがいぞ。こっちのみーずは……」
「甘かったら困るよね? 実際普通の水が」
「ほ、蛍の歌に文句つけるな。こうしたら蛍もくるんじゃないか?なーんちゃって?って思って歌っただけだもん」
「こないこない」
 手を横にパタパタ振る葉。む、妙に冷めてるやつめ。
「そういえば、蛍って人魂に似てるよね」
 私はふと思ったことを口に出した。
「はい? ……うーん。かもしれないね」
「あ、そうそう。確かここの近くに墓地もあったよね。あ、つかここだ」
 ふいに視線を外に向けると、いつの間にか目の前に墓地があった。小さな墓地で、住宅街の中にある。でも、それにしてもちょっと人通りの少ない道のところだし、夜だから雰囲気はばりばりある。さすがまがいなりにも墓地。
「あ〜……。じゃあ蛍の歌、歌ったら人魂も出てきたりして? ほー……ほー……ほぉ……たる……」
「むしろあんたが怖いっす!」
 あまりにもおどろおどろしく歌う葉に、ちょっと怖くなって墓地から目を離した。だってほんとに出そうだし……民謡ってそんな雰囲気出そうな感じだし。
「冗談だよー。お姉ちゃん怖がりー」
「怖いもんは怖いさ!」
 私の主張にちょっと嘲笑気味の妹。葉、姉に向かってそんな目を向けなさんな。
「ひっどいわぁ」
「あはは、ごめん。あ、ほらジュスがうんちしてるよ」
 見ると、踏ん張るジュスが視界に入った。ぷるぷると両足を震わせ、用を足すと役目を終えたような満足げな顔でわはぁわはぁ言ってた。顔がすっきり〜っって感じだ。
「……おまえはのん気だな、ほんと」
 溜め息をついた。後ろからケロケロとカエルの鳴く声がなんだか、笑い声に聞こえるような気もした。





 

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