未知なる道の(みち)


 ジャリジャリと自分の靴の音が歩くたびに少しずれてあたりにこだまして、頭を通り過ぎた。
 もう何時間歩いたかわからない。ほんとは10分くらいしか歩いていないのかもしれないけど。とにかく機械のように足は前へ進み、だけど出口へたどり着く気配はなかった。前にはちゃんと光が見えるし、出口があることは確認できているのに、だ。
 不思議と、体はだるくも疲れた感じもしない。寒さも暑さも感じない……けど、頭はどことなく霧の中にいるようなぼやけた感じがした。ただ出口へ行かないといけない、そこへ行くまでに考えることをやめちゃダメだ、じゃないと自分が存在できなくなる。そんな強迫観念じみたものが頭に影のように追いかけてきて、体と違って頭だけは自我でまわりの気配や景色に満遍なく意識を向けているような気がした。
 ちらりと見たまわりの景色は暗闇の中のすすけた煉瓦造りのトンネルで、下は舗装されてないむき出しの地面が出口まで果てしなく続いている。前方には相変わらず近づく気配のない光と緑が見える出口。それ以外は何の変哲もない、というより何の変化もない景色が続く。
 長時間、少なくても体感時間では何日も歩いているのに永遠に変わらない景色に、もはや恐怖も不安もへったくれもない。でも、そろそろ意識も朦朧としてきたし、足がおぼつかなくなってきた気がする。自動的に動いていた足もやっぱり機械ではなく生身の自分の体だからか、限界がきているみたいだ。
 平均感覚もそろそろ失いつつなってきて、ふいに違和感がした。いや、平均間隔がおかしくなったからではなくて景色がさっきと違うことに気づいたんだ。長いこと、注意深く意識をまわりの景色に向けていたからわかったのかもしれない。じゃなかったらそのまま体の限界に身を任せて倒れていたと思う。さっきより微妙にだけど、出口からさす光が強くなっていた。
 ずっと見開いていたため、久々に動いたまぶたをぎこちなくまばたいた。
 そしてそんな刹那の時間に、目の前は一面まばゆい光につつまれていた。

『ようこそ』

 突然耳にそんな言葉響いた。


『よく来たね――――の森へ』

『ねぇ……君の名前は?』

 あれ?
 なん、だ……け?

 必死で思い出そうとしても頭が麻酔でもかかったように考えがまとまらない。

 名前、自分の名前は?
 というより、自分は男なのか女なのか? 
 それに、何歳だっけ? 
 自分は子どもか大人か老人か?
 家族は? 友達っていたっけ?
 むしろ、人間なのか?

な……ん…………で……?

 そこで自分の体がゆっくりと地面に近づくのを感じた。同時に急激に眠気に襲われ、だんだんと白に染まるように何も考えられなくなっていった。
 ただ、目の前に広がる景色と音だけはやけに鮮明に脳裏に映った。

 光りあふれる深緑の森

 そして複数の子どものような笑いと

 するりと意識をからめとるような

 ささやくようで
 優しく
 甘い、声色

『こんにちは、迷える子羊さん』



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