けろけろ



 けろけろ
 けろけろ

 かえるはナクヨ

 けろけろ
 けろけろ

 ずぅっとナクヨ

 けろけろ
 けろけろ

 声が枯れても

 けろけろ
 けろけろ

 ずぅっと ずぅっと…


*  *  *


 ぼくは小さいころ、おにいさんがいた。おにいさんはいつもにっこりわらう人だった。いつもいつも、悲しいときやつらいときはないのですか?と、聞きたいくらい、たくさんわらう人だった。  ある日、ぼくはきいてみた。

 おにいさんは、どうしてわらうのですか?ときくと、

「笑いたいから笑うのですよ。」

 おにいさんはやっぱり、にっこりわらいながら言った。

 いつもわらいたいのですか?と、ぼくはきいた。

「そうですねぇ。笑っていたいですね」

 そう言ってにっこりおにいさんはわらった。

 おにいさんは、どうしてわらっていたいのですか?と、ぼくはまたきいた。

「それはもちろん、楽しくなるからですよ」

 また、にっこりわらうおにいさん。

 おにいさんはわらうと、たのしくなるのですか?と、次にきいてみた。

「そうですねー」

 今度もわらう、おにいさん。

 すると、ぼくはもう一度きいた。

おにいさんは…………







ほんとはかなしいのですか?
つらいのですか?

と、



きいた。



 おにいさんは…

 やっぱり、にっこりとわらった。



「貴方にとって一番悲しい事とは、何ですか?」

 するとおにいさんはぼくに聞いてきた。

ぼくは、ひとりぼっちになることがかなしいです。

 ぼくはいった。

「それでは、貴方にとって一番辛い事とは、何ですか?」

 おにいさんはもう一度聞いてきた。

ぼくは、いらないといわれることがつらいです。

 ぼくはまたいった。
 すると、おにいさんはやっぱりにっこりわらったままでぼくを見た。
 ぼくをちゃんと見てくれる人はおにいさんだけです。


「だから、貴方はそうやって皆に言われるとおり、
言葉を紡がないのですね。

いえ、
紡げないのですね」

 おにいさんは言った。
 そのとおりで、ぼくは生まれてから一度もことばを話したり、こえを出したりしたことがなかった。いいえ、一度だけ声は出したことがあったかな。そのことをしっているのはすこしの方々だけど、どちらにしても、ぼくが話せなくてもみんなはぼくにしゃべってほしくなかったんだ。
 ぼくが、へんなことを言いそうだから、へんなことがおきそうだから。みんな、こわいのだそうです。ぼくがしゃべれば、なにかおかしなことがおきる。3才くらいのとき、ぼくはこえを出した。そのせいで、ぼくのおかあさんとおとうさんは亡くなってしまった。

「貴方のせいではありません」

 おにいさんは急に言った。
 びっくりした。

「貴方の声はとても綺麗でしたよ」

 おにいさんはわらいながら言った。
 どうして。
 みんなジャアクでおぞましいこえだって言うのに。

「泣きたいときに泣いて、声を張り上ければいいのです」

どうして…?

 そうきくと、おにいさんはにっこり笑った。

「涙を流せる人に、邪悪な方はおりません。むしろ、流せる人は澄んでいる方です」

 ぼくはじっとおにいさんを見た。 
 ぼくも、他のみんなが言うからぼくはジャアクなそんざいとしか思ってなかった。
 だから、ぼくはみんなみたいに話したかったけど、話せなかった。
 なのに、おにいさんは『スンデイル』なんて言った。

「貴方は涙を流すことができます。なら、然るべき時が来たら声を出す(ナク)ことができるはずです」

 にっこり笑うおにいさん。
 ぼくはそんなおにいさんにきいてみたくなった。

おにいさんが、いちばん悲しくて、つらいこととはなんですか?


「私はですね…」

 すると

 おにいさんはわらった。



「何だと思います?」
















 それからしばらく、ぼくはずーっとおにいさんのことを考えていた。
 おにいさんはなにがいちばん悲しくて、つらいのだろう。いつもわらっているおにいさん、だからわからない。
 おにいさんにひさしぶりに会いにいこうと、おにいさんの所にいくことにした。
 すると、とおくで女の子が泣いているのが聞こえた。

『ひっく ひっくっっ』

どうしたのですか?

 女の子がしゃがんで泣いていたから、ぼくはきいてみた。
 すると、女の子はかおを上げた。4才くらいのうすもも色のかみの毛の女の子だった。

『うっ… うぅっ  
こわいよぉ  こわいよぉっ! 』


 女の子はぼくにむかっていった。


なにがですか?



 ぼくがきくと、女の子はかおをよこにふって、ぼくのふくをつかんでまた泣きはじめた。
 どうしたらいいかわからなくて、とりあえず、まっていると、女の子はちょっとしてまたかおを上げた。


『あのね…あのねっ




ぷらぷら ぷらぷら してるの!



おにぃちゃんが…


おにぃちゃんが…わたしのキでっ

あっちでっ』


 ぼくは急に、さむくなった。
 なまあたたかい風がほおをなでた。


 ぷらぷら?

『おにぃちゃん』って




…ダレ?


 女の子につれていかれて、その木にあったのは…


おにいさんっ

 おにいさんはぷらぷらゆれていた。
 おにいさんは首になわがかけてあって、木にぶらさがっていた。
 …うそだ

『やめてっていったのっ
おにぃちゃんまえもしようとしてたのっ

でも、
わたしがちょっといなくなってるとき
こうなってたのっ!』

うそだっっ!!

『ひっ』

 ぼくは女の子のふくをつかんだ。
 おにいさんはいつもわらってた。どんなときもずっとずっとわらったんだ。それなのに!

おにいさんはそんな人じゃありません!!!だっていつもわらってたのです!!

 ぼくがいうと、女の子は泣くのをやめて、じっとぼくを見た。

『ちがうよ…』

 女の子の目は静かにぼくをうつしていた。

『わらってたんじゃなくて…


おにぃちゃんは

わらうことしかできなかったの


みたことある?
おにぃちゃんがないてるとこ。

わらえないことは、つらいよぉ

でも

わらえないより、つらいことってわかる?』

 ぼくはあのときのおにいさんを思いだした。

『泣きたいときに泣いて、声を張り上ければいいのです』

…っ。

貴方(・・)は涙を流すことができます。なら、然るべき時が来れば声を出す(ナク)ことができるはずです』

おにいさんのいちばん悲しくて、つらいことは…

『私はですね…何だと思います?』





『そう
 
涙を流せない(ナケナイ)ことなの』






 女の子のこえがひびいた。

 おにいさんは、やっぱり本当は泣いてたんだ。あのとき心の中では泣いてたんだ。
 

なのに、



いつも笑って

わらって



ワラッテた





  どうして、あのとき気づいてあげれなかったんだろう。

おにいさん…

 ぼくはおにいさんの前に立った。
 おにいさんにさわりたいのに手をのばしても、手が、もう、とどかない。
 ぽつぽつと、雨がふりはじめた。
 ふくが雨をすいこんで、どんどんつめたくて、重くなっていく。


『貴方の声はとても綺麗でしたよ』


「…ほら、ぼく、 声を出せ(ナケ)ました…」

 そう、いつか言って
 おにいさんと話したかったのに…

「おにいさんっ…」

 ぼくはおにいさんを見上げた。
 おにいさんはただ、ぼくをみおろして笑っていた。
 ゆらゆら
 ゆれながら。

 そのほおにぽつぽつと雨がふって、
 何度も何度も、そのほおをいくすじもぬらしていった。
 まるで、なみだのように。


*  *  *


 けろけろ
 けろけろ

 かえるはナクヨ

 けろけろ
 けろけろ

 ずぅっとナクヨ

 けろけろ
 けろけろ

 声が枯れても

 けろけろ
 けろけろ

 ずぅっと ずぅっと…




 

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