1の話:木のカイ〜 なんだかちっちぇ妖精さん? 〜


 [2]

「は?」
 正岡邦雄(くにたけ)はテレビ画面から顔を上げると、ドアを開けた弟が放った言葉に怪訝そうな表情を浮かべた。隣で彼の友人がちらっと目を向けたが、すぐに視線を画面へと戻した。
 彼らは邦雄の部屋で、ともにゲームをやっている最中であった。内容は『FF10』。昔に出たものだ。日曜日の昼間からインドアな兄達にを見ながら頭をかくと、弟の智紀(ともき)は言いにくそうに言葉を濁した。
「んー、だからさ」
 兄の視線にうながされながら、彼は観念したように溜め息をついて言った。
「なぜか、ヤツが錦ちゃん家にいるみたい」
「はあ?……―ってヤツか!?柿ジイサンが来てるのか!?」
「知ってたの?」
「いや、最近見かけた」
「……なんじゃそら」
 邦雄らの意味不明な会話に今度は、彼の友人もうさんくさそうに話に参加した。
「たの字がつくヤツだよ」
「だからなんだそれ」
「柿の妖怪、タンコロリン。いや、精霊……でもないか。ま、妖精とも言えなくもないな」
「知らんわそんな不思議生物」
 彼は大して驚いた様子も見せずにそう言うとまたか、とつぶやいた。
 この話を聞くとなんだか変なお人達に聞こえるが、変と言うより実際に特殊な環境におかれているのは確かだ。そもそも、正岡家というのは代々続く妖怪学者の血筋で、彼ら兄弟はその子孫で、一族は妖怪を見やすい、遭遇しやすい体質なのである。ゆえに、一族の仕来りとして妖怪のことに関する知識を身につけることは義務づけられている。
 それを知る長年の付き合いである邦雄の友人、根岸はというと、必然的に彼らの口から妖怪やその類の話を聞くことになる。そんな彼は特に突っ込むことはなく、ほぼ我関せず状態で過ごしている。
 こんな彼らではあるが、何事もなくいい関係を保っている。
「とりあえず……」
 邦雄は立ち上がるとすばやく上着を取って、髪を整え、部屋の外へ勢いよく出た。
「いざ、錦んとこへゆかんっ」
 兄のうれしそうな表情に「しまったなぁ」と溜め息を落とした。
 隣に住む吉良錦に会う言い分ができたので、邦雄は喜び勇んで出て行ったのだ。ちなみに彼女には幾年にもわたる片思いをしており、猛烈にアタック中である。しかし、大胆な彼のアプローチは少々、いや相当イタイものがある。にもかかわらず彼に錦に会う口実を作ってしまった。今となっては後の祭りであるが。
「……どうする?」
 と根岸は聞いた。
「……一応爆走しないようについてく」
「んじゃ、俺もその妖精? とやらを見に行くかな」
 そして二人は彼女の救済へ向かった。潔い音を立てて隣の幼なじみの家に入り込む、邦雄の声が響いていた。



「あ〜出た。兄ちゃんの錦ちゃん萌えモードっ」
「落ち着け……正岡邦雄」
 友人のうっとりとした表情に気持ち悪さを覚えながら、根岸は彼の肩を思いっきりつかんだ。智紀はというと、隣で自分の言った言葉に寒気がしてしまっていた。
 もう少し彼らの状況を説明すると、錦の家のリビングで彼女に飛びつくところだった邦雄を、寸でのところで智紀が間に入り、根岸は彼女に突っ込まないように肩をつかんだ、ということになっている。
 当の錦はというと驚いたというよりも、幼なじみのいつもの発作を申し訳なく感じていた。そう、幼なじみの発作を抑えてくれる、かわいい弟のような少年と彼女のクラスメイトでもある彼の友人、およびその周辺で害を受ける人々に。

とても……迷惑

 そう思いながら、錦は彼女の後ろに隠れた、小人のような妖怪の頭をなでて、邦雄を少しにらみつけた。
 すると、飼い主に怒られた犬のように彼はおとなしくなった。
 普段はめったに顔に出さない彼女だけに、邦雄が落ち込んでしまったのは言うまでもない。


        * * *


……でもどうして急に智紀くん達、家に来たんだろう

 そう考えながら、私は急に突入してきた彼らを見つめた。
「ごめん、錦ちゃん。その子どうしたん?」
 気配を察した智紀くんは隣に腰を下ろして、後ろから恐る恐る覗き込む小さな妖怪ににこりと微笑んだ。すると、安心したのか、その小さな妖怪はひざ上がり、彼のほうを見てニカッと笑った。

そっか、この子のこと、聞きに来たんだ

「一昨日、公園で出会って…そのまま家に…」
 私達の座るソファの横のイスを根岸くんと邦雄にすすめた。
「よく会うもんなのか? そいつ」
 根岸くんは「どうも」と言いながら興味を示すとイスに座った。
「いんや、こいつらはそんなに移動するタイプじゃない。それに柿の妖怪だけに、実に姿を似せているはずだから、人は滅多に見ないし気づかない。つか、この頃は妖怪自体普通見えないはずだからなぁ」
 そう言うと邦雄はタンコロリンの方をじっと見た。
「ふーん」
 邦雄の説明に根岸くんはちらっと小さな妖怪に目を向けた。
「こいつら――タンコロリンは秋に結構出てくるんだけどな」
 そう言うと、邦雄はイスに腰掛け、再度視線をタンコロリンに向けた。なんだろう、なにか言いた気な目をしている気がする。
「タンコロリンって言うんだ…」
 そう言うと無意識にタンコロリンをなでた。すると、タンコロリンはうれしそうに目を細める。かわいい……。
「……錦」
 なんだか、嫌な予感がする。こういった時に真剣な表情になる邦雄は、ろくな行動を起こさない。
「……なに?」
「抱きしめても……」
「こっちに来るな」
「兄ちゃん止めろ」
「馬鹿」
「……」
 3人に言われて邦雄はしょぼくれた。さらにタンコロリンにまで変なものを見たような顔をされる始末。
 邦雄、なんだか少し切なそう。
「名前、どうしよう」
 ふと私は抱きかかえているタンコロリンに視線を落とした。その妖怪は小さな瞳をくりくりさせながら、こちらを見ていた。目には微かに期待の色が宿っている。
「名前?」
 邦雄は顔を上げた。
「あ、そうだね。『タンコロリン』じゃあ俺らで言う、『日本人』って読んでるようなもんだよな」
 そう言う智紀くんに根岸くんが目を向けた。
「そうなのか?」
「まぁな、基本的にはやつらは気にしないけど」
 邦雄が答えるそばで、じっとたんころうを眺めながら考えてみた。タンコロリンは短い手で私の腕をにぎり、わくわくした表情で見上げている。
 橙色の体は柿の化身だからだったんだ。だったら、柿に関連した呼び名がいいのかもしれない。
「柿野郎はどうだ?」
「まんまだな」
 思いつきで言う邦雄にさらりと根岸くんの一言。
「じゃあ、タンコ!」
「ださいし」
 勢いよく言う邦雄にずばっと智紀くんの一言。
 そんな彼らの会話を聞いてると、だんだんわけがわからなくなってきた。柿ではなにも思い浮かばない。タンコロリン…タンコロリン…タンコロリン…タンコロリ…タンコロリ? じゃあタンコロ…

「…たんころう」

   自分がぽそりとつぶやいた言葉に少し驚いた。周りを見ると、邦雄達はすでに会話を止め、智紀くんはうーん…とうなりながら考えてくれていた。根岸くんはなんだか暇そうだ。多分、まわりには私のつぶやきは聞こえていなかったんだろう。…でも邦雄は聞こえてたみたい。こちらを向いてにっこり笑っている。…地獄耳。
「それでいーんじゃねー?」
 邦雄のその一言で智紀くんと根岸くんがこちらに注目した。
 それでも一応もう少し考えてみたけど、他には何もしっくりくるようなものが浮かばなかった。
 私はタンコロリンを見た。
「たんころう…でいい?」
 そう聞くと、テレながらたんころうは喜んでいるようだった。かわいい。私はそっとたんころうの頭をなでた。
「さて、ゲームに戻るぞ正岡」
「え?」
 なんで? と思っていそうな邦雄の表情に、一瞬根岸くんはひくっと口を引きつらせた。
「…ここにいても邪魔なだけだろ。もう用もない」
「……」
 なぜか黙ったまま考え込む邦雄。…多分必死でここにいる口実を探してるんだろうと思う。すると、両脇から智紀くんと根岸くんが邦雄の腕をつかんだ。
「はいはい、じゃあまたね、錦ちゃん」
 智紀くんがそう言って笑うと、根岸くんとともにそのまま邦雄を引っ張りながら帰っていった。
 これからどうしよう。智紀くん達を見送ってから、じっとたんころうを見た。一昨日に私についてきてから、たんころうは家の中から出ていない。自分の家に戻ろうとは思わないのだろうか。
「家、戻らないの?」
 そう言うとたんころうは首をかしげた。もしかしたら家がないのだろうか。言葉がわからないわけじゃないとは思うけど。
「家、戻らなくていいの?」
 私が再び問うと今度はうなづいた。これからどうしようか考えていると、急にたんころうは私の袖をつかんだ。



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