1の話:木のカイ〜 なんだかちっちぇ妖精さん? 〜


 [3]

『ころっ』

 少し、高くて子どもみたいなこえが耳に入った。たんころうの顔を見ると、ニカッと笑っていた。そして玄関のほうと私の顔を交互に見ている。
「外、行く?」

『ころっ』

 意味を解してくれたことがうれしかったのだろうか、たんころうは私の袖を離して飛び跳ねた。しかも軽く1mは跳んでる。すごい跳躍力だ。よっぽどうれしかったのかな。そして玄関へパタパタと足音をたててたんころうは歩いていった。
 私は急いで立ち上がると、とりあえずカギをそばに置いてあるウエストポーチに詰め込んだ。いつもすぐに出かけられるようにウエストポーチかかばんは大抵そばに置いている。腰にポーチを回し、カチッと音がするのを確かめると、たんころうの後を追って玄関へ向かった。
 そこにはすでに玄関の扉を開けて、機嫌がよさそうに鼻歌でもしかねないたんころうが待っていた。

『ころっ』

「待って、すぐ行く」
 楽しそうなたんころうに私はそう返すと、スニーカーに足を入れ、つま先をとんとんっと蹴った。足が入ったのを確認すると、玄関を出た。目に飛び込んできた空は薄い青が広がる晴天だ。少しばかりそよ風程度の風が吹いていて散歩にはもってこいの天気。温かい日差しに目を細めてから、私は扉を閉め、振り返えるとすでにたんころうは家の脇の道路に出ていて私を待ち構えている。
「おまたせ」
 たんころうはじっと私のほうを見て何か言いたげにしていた。肩を見ている気がする。
「…乗る?」
 と聞くと、たんころうはしばし間をおいて遠慮がちにこっくりとうなづいた。しゃがみこんでからたんころうを抱き上げて、左肩の上に乗せた。意外と思ったよりたんころうは軽くて、りんご1個分くらいしか重さを感じられない。立ち上がると、急に視界が高い位置になったことに喜んだのか、たんころうは声を上げてはしゃいでいた。

小さな子どもみたい…

 私はそんなたんころうを微笑ましく思った。確かに、普段とは違う、高い所からの眺めはやっぱり特別なのかもしれない。

…そう言えば昔、私もおじいちゃんに肩車をしてもらってた

 たんころうがちゃんと首につかまるのを確認してから、私は歩き出した。とりあえず、たんころうに誘われるまま外に出たため、目的地は決まっていなかった。一瞬足を止めて桜道のほうへ行こうと決め、再び私は足を進めた。
 住宅街を抜け、商店街の道を歩いていると、たんころうは辺りを物珍しげにきょろきょろと左右に首を動かしては何かに目を止め、また別の物に顔を向けては瞳をきらめかせていた。初め、私の家までついてきた時は、私についていくのが精一杯で周りを見ていなかった。だから、たんころうにとってちゃんとここを見るのは初めて。
 私とあの公園で出会った後、一生懸命短い足でついてきたたんころう。私は戸惑いを感じながらも、まだついてきているのだろうかと、何度かで後ろを振り返っていた。結局、家までついてきてしまったけど…。
 駄菓子屋さんを通りかかると、たんころうはじーっとある駄菓子を見ていた。立ち止まって、視線をたどってみると美味い棒だ。たこ焼き味の。
 私はちらっとたんころうを再び見た。ものすごく興味ありげな瞳で眉間にしわがよっている。とても気になるみたい。私は美味い棒に視線を落とした。
「……」
 駄菓子屋に入ると私は美味い棒のたこ焼き味と、クリームキャラメル一箱を手に取りレジへ向かった。途端、ニカニカ笑っていた。たんころう、うれしい時にニカッと笑うのかな。
「いらっしゃい…おー錦ちゃん、こんにちは!」
「こんにちは」
 私はお馴染みのお姉さんに会釈した。ここの駄菓子屋さんには小さいな時からよく来ていた。だから、顔見知り。普段はおじいさんが営業していたりするけど、今日みたいな日曜日や祝日はたまに彼女が気まぐれで店を開いていたりする。
「一人でお散歩? 確かに今日、いい天気だからね」
 40円ね、と言いながら彼女は私に微笑みかけた。なんだか不思議に思いながらウエストポーチから財布を出した。
「一人ではないです」
「ん?友達と待ち合わせしてるの?」
 私が出した40円を受け取った。彼女はシールにしとくねと言いながら、クリームキャラメルの箱と美味い棒にお店の印をつけた。会話がどこかずれている気がする。
「いえ…この子と」
 気づいていないのかもしれないと思い、そう言いながら左手でたんころうが座っている肩に触れた。
「え? どの子?」
 駄菓子を手渡すと、彼女は首をかしげた。するとなにやら、たんころうが私の髪を引っ張りながらこちらに向いている。そして彼女を見ると顔を横に振っていた。

あ…

 そこでやっと気づいた。彼女はたんころうが見えていないんだ(・・・・・・・・)。根岸くんも見えていたからついみんなも見えているものだと勘違いしていた。
 どうかした? というふうに笑いかけてくる彼女に私は口を開いた。
「…外で待ってるみたいです。人見知りみたいで」
「そうなんだ? ちっちゃい子なの?」
「はい」
「んじゃ、その子によろしく〜」
 そう言うと、彼女は納得してくれたみたいだ。私の態度の変化に気づいていない。この時ばかりは、自分の感情があまり表に出ないことに感謝した。
 ほっと一息をつくと、たんころうに美味い棒をあげようとして一瞬ためらった。みんなにはたんころうは見えていない。そんなたんころうが美味い棒を持っていたら…みんなには美味い棒が宙に浮いた状態に見える。
「ごめんね」
 公園に行ってから食べよっかと、言うと私はたんころうの頭をなでた。少し、申し訳なかった。たんころうはそんな私にまったく気にしてない様子でうれしそうにこくこくとうなづいた。
 妖怪は一般人には普段見えることはない。それが、少し悲しい気がした。でも、そんなことをまるで気にしていないたんころうに、それ以上気にするなと言われた気がしてそのまま、歩き続けた。
 並木道通りに出ると、桜の花びらがちりばめたように、いや覆い尽くすように道を白色にうめていた。一応桜はまだ残っているけど、風が強かったせいか結構散っていた。それでも桜並木の道は結構綺麗で、その風景に私とたんころうは顔を見合わせると頬をゆるませた。
 並木道を歩いてしばらくすると、すぐに公園に着いた。一昨日、たんころうと会ったところだ。
 中に入ると、結構人でにぎわっている。公園内の時計を見ると、今は3時を少しすぎていて、人でにぎわっていた。これではまともにたんころうと話したりできない。私達は取って置きの場所へ向かった。小さい頃、見つけた場所だ。
 遊具を抜け、ベンチを通り過ぎ、桜羽姫の方へ歩いた。そこにも人はいた。やっぱり一昨日は特別で、いつも誰かしらこの時期には人はいるものなのである。
 さらに桜羽姫の向こう側に行くと、花見を楽しんでいる人達でにぎわっていた。私に気づいている人もいたのかもしれないけど、気に留める様子はなかった。
 その先には木でできた背の高い柵があった。柵は釘で打ちつけてあり、古いものなのか、木の板がところどころはがれている。中でも私は上の釘だけがつながっている板を見つけた。昔と変わらないそれに、ほっとしながら私はたんころうを肩から下ろすと、その板を持ち上げた。すると力をそんなに入れることもなくはずれ、横にずらした。
「ちょっと待ってて」
 そう言うと目をきらめかせたたんころうを置いて先に入った。大丈夫なことを確認してから、私はたんころうを手招きして中に入れ、板を注意深くもとの位置に戻した。
 中に入った途端、たんころうの喜びと興奮の声が上がった。

『〜ころぉ!』

 目の前には縦十数メートル強、横十メートル弱の長方形の空間が広がっていた。そこは木製の柵で囲まれており、私達が入った所から見ると、長方形の横向きの状態である。右奥にイチョウの木があって、そばに古びた宝箱がある。これは小さい時、邦雄ら友達と持ってきたものだ。地面は草が生えにくい土だからか、あまり背の高い植物は見当たらない。さほど虫が出てくる心配はいらないような、好都合な場所だ。
 どうしてこんな場所があるかというと、昔誰かがこの土地を買い、隣に公園ができてしまってからは使われないまま残されたとか。だからここは、私達子どもの間では秘密基地にはもってこいの場所になっていた。はしゃぎまわるたんころうを見て私はとてもうれしくなった。ここに来てよかったかも。なんだかなつかしい。

ここは…昔から変わらない

 秘密の遊び場の中を歩きながら私は思った。弱冠、見慣れないものも置いてあるけど、それは多分友達の兄弟かここに遊んでいる子が持ってきたものだと思う。
「…あれ?」
 目に留まったものをしゃがみこんで見ると、高校のサッカーシューズがあった。ふと、小さい頃サッカーが大好きで今も続けている女友達を思い出した。あの子のかもしれない。もしくはもう一人の男の子の。あの女の子も足が大きかったから、いまいち誰のかわからなかったけど、いまだに私と同じようにここにきている子がいたんだと驚かされた。

『ころっ』

 呼ばれた方を見ると、たんころうは薄汚れたテニスボールを持っていた。どうやら、ボール遊びがしたいらしい。
 私はにっこり笑うと、ボールを取り、たんころうとボール投げをし始めた。

* * *

 それからは学校から戻ってくると、週に3回くらいたんころうを連れて公園や河川敷に行っては相手をしてあげたりした。たんころうは特にボール投げが好きで、橙色のボールがお気に入り。自分に似てるからかもしれない。そんなとこもかわいい。
 水族館に行った時は楽しかった。たんころうの驚く姿がかわいくて。ずっと、目がきらきらしていた。

……まるで幼い弟ができたみたい

 私はふと思った。智紀くんも弟みたいだけど、ちょっと性格の違う歳の離れた弟ができたようだ。
 智紀くんにたんころうとあまり人の前で話さないように忠告されたから、最近では家でたんころうといることが多い。たんころうは妖怪で、一般人には見えないから何もない空間に話しかけているように見えるからだ。あの秘密の遊び場はあるけど、変な所から声がもれて怪しがられたら困るし、気兼ねなく話せないから家で遊ぶことにした。
 今日は戻ってからたんころうとベランダでお茶を飲む予定だ。気温も天気もいいから、ひなたぼっこにちょうどいい。たんころう、ひなたぼっこが好きらしい。植物の妖怪だからかも。
 家に帰ってからどんなお菓子を用意しようかと考えながら、かばんに教科書やノートを入れていると、友達がやってきた。
「タンちゃん、最近どう?」
「帰ったら、元気に一緒に遊んでる」
 タンちゃんとはたんころうのことだ。みんなにもたんころうのことを話したら、そういうあだ名なったらしい。でも、たんころうが妖怪だってことは話していない。親戚の子をあずかっているって思われているんだと思う。
「タンちゃんと仲いーねー、吉良ちゃん」
「そうなのそうなのーっ。すんごい可愛くって微笑ましいのなんのって! でもとってもシャイな子だから、人見知りが激しくって。残念! 無念!」
 別の友達が勢いよく私のところに来た。このハイテンションな子はたんころうに会ったことがある。なんだか、邦雄の知り合いみたいだ。妖怪関係の。だから邦雄の家の事情を知っている。その分野ではひそかに、正岡家は妖怪学者として有名らしい。私にはよくわからないけど。
「ちっちゃい子って人見知りするからねー」
「うんうん」とうなづきあう友達二人。そうかもしれないけど、きっと他の一般の人には見えない。そう思いながら私は彼女らに少し、頬を緩めて笑いかけた。
「だぁれ、それ? キララの親戚の子?」
 そう言うとまた一人、友達がよってきた。……って言うか。
「……そのあだ名」
「気にしないのキララちゃん☆」
「……」
 爽やかな笑顔で言い放つ彼女。始めて会った時からこの調子で、私のクラスでは一部『キララちゃん』と呼ばれるようになってしまったのは彼女のせいだ。……なんか、イヤだ、このあだ名。
「できたらその子の写メとってきてよー」
「んー、できるかな? できるかね? できますかねー?」
「キララは今時珍しく、写真つきケイタイ持ってないけど」
「あー……そっかぁ」
 残念そうに声を落とす友人の顔を見て、私は心の中でそっと謝った。例えそんなケイタイを持っていたとしても、たんころうの写真は写せない。むしろ、たんころうの写真を合成だと、みんなは思ってしまうかもしれない。
 かわいいたんころうを見せることが出来ない、そう思うと少し悲しくなった。私には見えるけど、普通の人には見えないたんころう。さびしいと……思ったこと、あるのかな。
「ん?そー言えばそろそろ奴が来る頃だね」
 友人に声をかけられ、私は意識を現実に戻した。そう言えばもうそろそろだ。もうトイレ掃除から帰ってくる頃だ。
「錦、退散しないとめんどいよ。早く逃げちゃえ、らいとなうっ!」
「……じゃあ」
「またねぇー」
 友達に急かされて、私は彼が来る前にかばんをつかみ、前の方の扉から教室を出た。今日はあまり一緒に帰りたくない。早く帰ってひなたぼっこの準備をしないといけないから。
 足早に下駄箱に向かうと、たんころうの好きなミックスジュースを買おうか考えた。
 すると、なにやら急ぎ足で教室のドアを開ける音が聞こえた。
「錦ー、一緒に帰ろう! ――――――……っていねぇ!?」
「はは、クニさん来たー! 錦、逃げろぉ! だっしゅだっしゅ!」
 廊下の先から、友達と邦雄の声が響いていた。



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