[1] 「吉良錦さん!」 オレは手を握ると真剣なまなざしで前を見た。 学校からの帰り道、まわりには誰もいない。それはそうなるような頃合いをあらかじめ見計らったからだ。相手はそんなオレを黙って見つめ返していた。 彼女、吉良錦は名前のとおりかなりかわいい。あのちょうど頭を撫でるのにいいくらい低めの背丈といい、きれいな指、柔らかな腕、すらりと伸びた足、少し小さくてふっくらした胸、あのあどけないかわいさを秘めた顔、あの肩くらいの長さのさらさらの髪、あのひた向きで真っ直ぐな澄んだ焦茶の瞳、あの下唇がぽってりとした薄桃色のくちびる。すべてにおいて彼女はオレのツボを突いていた。 あの無愛想で無表情な顔もかわいいし、ふとした拍子に見せる笑顔や表情もなんとも言えない。いや、正直オレは本当にびびった。初めて会った時、マジで痺れちまった。妖精か、精霊かと思ったほどだ。これはもう間違いなく運命だ。 そう思い、今オレはここにいる。 「なに?」 錦はオレから目をそらさず言った。くーっ! この声も何気にオレのツボなのさっ! オレは微笑するとゆっくりはっきり言った。 「オレの彼女になって」 「嫌」 一瞬の迷いもなくすぱっと一蹴する錦。単純で一言で気持ちを必要最低限に表す、実に錦らしい言い方だった。ここまで端的かつ即答されると、なんだか清々しい。 いや、めげずにもう一度チャレンジだ! 「にし……」 「嫌です」 今度は次の言葉を言う隙も与えなかった。しかも敬語かよ。 そんな彼女の言葉に用意していた次の言葉を言い出せず、笑顔のまま固まってしまったオレ。こうして情けないことに、オレの告白タイムは終ってしまったのだった。その間、約10秒。うん、すばらしいな。 すると錦は溜め息をつき、彼女の手をにぎっていたオレの手をすっとほどいた。 「今回で56回。これだけ言われるとホント、嘘臭くなる」 めずらしく、長い文章をしゃべる錦につい、うれしくなり顔がにやけてしまう。普段あんましゃべらない錦はよっぽどのことがない限り、一言で話をすますんだ。 しかし、錦。オレ、嘘なんて言ったことはないんだけど? つか、むしろな…… 「それは錦に対する愛のバロメーターだ」 「邦雄(くにたけ)」 諭すように言ったオレの言葉に錦はあきれた顔で名前を呼んだ。なんていうか、名前を呼んでくれるだけで心が満たされる。あの胸がきゅーっとなる声で、しかもあの錦がオレの名前を呼んでくれるなんて。プラス呼び捨て。もうマジで幼馴染でよかったとつくづく思いながら、また顔が自然とゆるんでしまった。 するとオレは目を輝かせながら真剣に錦を見た。次の言葉に期待をいだきながら。 「ん?」 「クサい」 「………………」 無表情できっぱり言うと、彼女はすたすたと歩いていった。固まるオレを置いて。もはや出る言葉はない。 いや、確かに思ったけどな…それは。 オレは苦笑いを浮かべながら思った。でも、正直な気持ちそうなんだけどなぁ。好きだから好きっつーし、彼女になってほしいから何度でも告白する。それなのにそんな俺の気持ちはどうやら錦には伝わらないらしい。毎回毎回、『愛してるっ』っつー気持ちをいっぱいいっぱい心底こめて伝えているはずなんだけどな。 …人生、なかなか思いどおりには行かないもんだ オレは気を取り直して錦を追った。 こんなちょっと断られたくらいでくじけるオレではない。むしろそういう奴らは告白以前の問題だ。そいつが本気で好きになったら、相手を自分の力で惚れさせろというのがオレの持論だ。だてに56回もフラれてないからな。この恋愛は忍耐と根気と立ち直りが肝心だ。つまり、ねばった方勝ち。 十数年の片思いは伊達じゃない。オレが錦に初めて会ったあの日からオレの気持ちは変わっていなかった。そして錦も小さい頃から綺麗で超絶可愛かった。 そしてあの無表情な顔も。幼い頃から霊感があるということが、原因の一つなのかもな。錦はそう言った意味で、普通の人が経験しないこともしてしまっていた。 見えないものが見える。その境遇は少し、この頃他の人にはあまり見られなくなった妖怪という存在が見える、オレと似ていた。実際幽霊だけじゃなく、錦、妖怪も見えるし。 だからか、錦は少しオレには他の人より気を許してくれていた。そして無表情だった顔も時々、可愛く笑うようになった。そんな錦が笑う顔が大好きで、ずっと見つめていたいと思っていた。でもずっと玉砕中。 錦は人付き合いが苦手でそういった関係に疎いんじゃないかと思う。人との距離の取り方がわからないから、怖い。 それなら少しずつ、頑張ればいいんだと、ゆっくり思いを伝え続ければいいんだと思った。オレは気長な性格だしな。つか、もう錦の顔を見ているだけでも今は幸せ。満悦、超幸せ。 そう、それがいつものことで、根気よく頑張ればいいとその日も思っていたんだ。 ……思ったんだが そんなオレらにとてつもない事件が起こった |