2の話:山のカイ〜 ヤ行一飛んでカ行五 〜



 [2]

「待てよ、錦」
「……」
 錦は立ち止まるとこちらに顔を向けた。
 家がすぐ隣で、毎朝オレは錦と登校することになっている。だけど、ちょっと忘れ物をしてしまい、取りに行ってたらいつもより遅れたしまったのだ。
 オレはあわてて錦を追いかけた。ちゃんと無視しないで待ってくれるあたり錦はけっこう、優しい。あ、しかも頭に生まれたての木魂が乗っかってる。かっわいー、すんげーかわいーい! 錦がっ。
 などと思いながらやっとたどり着くと、ひと呼吸して錦にとびっきりの笑顔を向けた。
「おはようっ」
「……………………………おはよう」
 明らかにうんざりした顔してるなぁ。
「錦は足速いな! 女は足遅いって言うけど」
 さきさきと学校へ歩いていく錦に続いて歩きながら話す俺に、錦はただ黙ったまま前を向いていた。んー……今日の機嫌はちょっとワルめだな。今のままだったら小妖怪にちょっかい掛けられるぞ。人の悪い気が好きな奴もいるし。
 オレはちらりと錦を見た。
「……………」
 黙る、錦。
 うわやっべ、不機嫌な顔も超可愛いっ。だから思わず、口に出してしまった。
「そんな錦もオレは大好きだっ」
「………………………………」
 あっは、クソ嫌そうな顔。
 気持ちを隠そうともしない錦の態度に、ちょっと内心顔を引きつらせてしまった。そんなに表情に出すほど嫌か。一応言うけど、錦は余程強い気持ちがない限り、表面上は無表情だ。昨日の告白が余程失敗だったとみえる。しばらくはそういうことに触れたら、今度は無視されそうだなぁ。
 うーん。オレはどうしようか考えあぐねていた。そんなオレのそばをバス停の青いさびれたベンチがにやりと、半月型に目を細めて見ていた。九十九神のおっさんだ。今日も人間観察を続けているらしい。てか、オレ見て笑うな。
 少し速めに、いや、むしろオレから逃げるよう競歩並みの速度で歩く錦は急いで学校の中へと進んでいった。頭の木魂はいつのまにかふわりとどこかへ散歩したようだ。
 ……どうせ、同じクラスなんだけどな。
 もう見えなくなった錦のあとを追わず、少しゆったりした歩調でオレは正門をくぐった。
 ……それにしても、昨日のアレはどこが悪かったんだろう。
 オレは歩きながら昨日の光景を思い出していた。
 別に昨日、彼女の機嫌は悪くはなかったはずだ。むしろたんころうの一件からしばらく、ちょっといい感じだった気がしたんだけど。先週柿の妖怪、たんころうと別れてちょっと錦は落ち込んでた。あの時の錦、さみしそうな顔してたな。いや、妖怪に錦盗られてどうするよ、オレ。オレは顔を振ると再び考えた。
 それに人がいる前で言ったわけでもないし、錦が好きな雲、10%の晴れの日を選んだ。むしろ、錦の星座、五ツ星だったし。完璧なセッティングだったと思うんだけど。
「……!?」
 そこでオレははっと気づいた。小さなミスを犯してしまったのだ。
 ……しまった! オレの星座見てねぇよ!
 自分の犯した失態にオレは溜め息をついた。
「……お前、絶対突っ込み所違えてるな」
 ふいに後ろから声をかけられた。
 振り返るとお馴染みのダチが胡散臭そうな顔をして後ろに立っていた。お気楽突っ込みタイプの浦本、通称ウラちゃん。
「おー、おまえか。おはよう」
「正岡」
 するといつの間にかやってきたもう一人の男子に声をかけられた。
「なんだ、根岸」
「ちなみにお前の星座は三ツ星だった」
 真顔で心中で思っていたことを当てられたオレは、少し苦笑いした。
「……なんでオレの考えてることわかんだ、お前。しかも今ここ来たばっかで」
「正岡の行動および思考パターンはもう覚えた。お前は単純すぎなんだよ」
 ……単純ってか、おまえにかかればどんな人でもわかるじゃねぇか?
 神業的記憶力を持つ根岸にオレは思った。するとその隣にいるウラちゃんがうんうんと首を縦に振りながら同意していた。
「そうそう、吉良さんも大変だよなぁ。こんなヤツに付きまとわれて」
「困難を乗り越えてこそ愛はだな……」
「で、またフラれたんだろ?」
「……」
「またクサいセリフ吐いたんじゃねぇ?」
 なだれ方式で聞いてくる彼。こいつらはオレが錦に惚れてて告白しまくっているのを知っている。もはや恒例行事のように化しているオレの告白と錦に対する想いは、オレのクラスでは知らないヤツはいない状態だ。
 それはまぁ恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけどいいことでもある。逆に俺が主張することによって、変な虫が錦につかないからだ。何気に狙ってやってるとこもある。錦の笑顔見たらぜってぇ他の奴らほっとねぇだろ。錦可愛いからなぁ。つかお前らが錦の笑顔を拝めるなと思うなよ。あっても愛想笑いだ、愛想。でもま……。
「……余計な世話だってーの。わかってんだよ、そのくらい」
 一応自覚していることを指摘されたオレは溜め息を尽きながら言った。少なからずオレも、ちょっとやりすぎなとこもあるかなとは思っているんだ。今月に入って56回は……まぁ。
 するとヤツは少し意外な顔を浮かべた。根岸にいたっては我関せず状態だ。いや、オレは自分のやってることがわからないほど見境ねぇわけじゃねぇんだけど。
 ウラちゃんはオレの気を知ってかしらずか、そのまましゃべり続けた。
「いい加減止めろよなぁ。おまえの歯の浮くセリフ、ムズかゆいし。てか通り越して寒い」
「だからさ、わかってるって。……でもなぁ」
 オレは再び溜め息をついた。どうやら彼には俺の気持ちがわからんらしい。なら説明するのみだ。
 オレは息を吸い込むと思いのまま話し始めた。
「錦のあの仕草、性格、笑顔を見たらクサいセリフも吐きたくなんだよっ。普段もかわいいけどいつもは無表情なのにふとしたときに見せる笑顔なんてかわいさ1000%倍増だっ。抱きしめたい衝動が走るのをこれでもいつも堪えてるんだぞ! わかるか!? この気持ち? 特にウラちゃん、お前は錦の愛くるしい笑顔を見たことないからそんなこと言えんだ! 無論お前に錦の笑顔なぞ勿体ないけどなっ」
「ノロケかよ」
「なんとでも言え。それにだな、オレの気持ちが錦に届いてないんなら言うしかないだろ? ぶっちゃけ」
「いや、お前はぶっちゃけすぎだって」
「錦は鈍いからな、こういうことは。それになんていうか、用心深いからこうしてだんだん信頼を深めていくのがいいんだよ、うん」
「あーそー、せいぜい犯罪にならん程度にな。行こうぜ根岸」
「ああ」
「聞けよ!」
 人がせっかく切々と錦に対する思いを語ってやったのに、ウラちゃんは突っ込むだけ突っ込んで根岸と歩き始めた。なんてひでぇヤツだっ。まだほんの序の口のじの字だぞ?! あまつさえ、根岸、おまえもウラちゃんの言葉に従うなっ。
「遅刻すんぞー」
「しねぇよ」
 足を止めることなく学校へ進んでいきながら言うウラちゃん。オレはそう返しながら歩いていくと、すでに少し前方へいる彼らのもとに追いついた。そうして学校の下駄箱にたどりつき、上靴に履き替えながらオレは言った。
「つかな? 絶っっ対錦の天使の笑顔を見てないから言えんだ、ウラちゃんは」
「つか、何気に天使ってなんだよ」
「いや、この表現はあってると思うぞ」
 さらりと当たり前のことを言うと、ウラちゃんは気持ち悪そうな顔をした。くさいか、やっぱくさいか。……くさいよな。しかし、事実だ。すると案の定ウラちゃんはその言葉を言った。
「だからくせぇってば」
「だから、オレも重々承知してんだよっ。言わせろっ」
「確信犯はよけい悪ぃ!」
 かゆ〜っと腕をかきながらうなるウラちゃん。……そんなにかくと血、出んぞ。乾燥肌だろお前。見るとすでに彼がかいたところが赤くなっている。ほらぁ。
 そうこうしているとふと、根岸がなにか見ているのに気づいた。あいつは下駄箱に続く廊下の向こうをなにやら、じーっと見ていた。
「ん? 根岸どうした?」
「いや、吉良錦がいてさ……」
 そういうと廊下の先を示すようにあごをしゃくる根岸。その先には確かに、まがうことなくオレの錦が立っていた。しかも……
「ん? ほんとだ。あれ? 誰か……男子と話してるみたいだなぁ」
 ウラちゃんの不思議そうな声が聞こえた。
 そう、錦は男子生徒となにやら話していた。学内の生徒ならだいたい名前まで知らなくても、顔はわかる。でも、その生徒にはまったく見覚えがない。話している内容が気になるけど、それよりも……。
「……んー? ちょっと吉良さん、なんか変じゃない? 表情が、柔らかい? って言うか?」
 するとウラちゃんが不意に首を傾げた。
「錦、微笑んでる……」
「確かに微笑んでるな。」
「え?! あれ、微笑んでんの?! ……ってマサちゃん?」
 するとその見慣れぬ生徒は会釈をして錦と別れると、廊下の向こうへ歩いていった。錦はというとそのまま教室の中に入っていった。
 そんな彼らをオレは黙って見ていた。
「おーい? あー……マサちゃんがだいぶショックを受けてる模様。隊長、どうします?」
「ほっとけ」
「……」
 ウラちゃんが「でも隊長〜」と言うそばで、オレは錦と話していたその生徒の歩いていった先をじっと見ていた。
 あいつ……。
「ま、いいや」
「なにがだ」
 すると額にムカつくマークを浮かべたウラちゃんがいた。あ、やべ普通に放置してた。
「あーウラちゃんごめんごめん! んじゃ教室は入るか」
「根岸の奴もう先入ったぞ。ったく」
 そうぶつくさ言うウラちゃんを宥めると教室に入った。
 そして見ると根岸がすでに着席していた。自分の興味のないものにはとことん我関せずを貫く根岸。彼と目があったが、次の瞬間にはヤツは寝始めた。
 おいおい。朝礼始まんぞ。





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