2の話:山のカイ〜 ヤ行一飛んでカ行五 〜



 [4]

「ねぇねぇ! 伊達君どこからきたの?」
「オーストラリア」
「んじゃあ帰国子女?!」
「うっそぉ! もしかして伊達君ハーフ?!」
「うーん、強いて言えばそうだね」
「すっげぇ」
 それまで遠慮していたクラスのみんな(主に女子)が昼休みになると、待ちに待ったかのように一気に伊達に押しかけていた。それでも伊達は動揺したり、嫌がったりする様子を見せることはなく、穏やかに答えを返していた。紳士だな、伊達は。
 さっきから授業態度とか見てたらわかったが、なんつーか伊達は雰囲気が他の男と違うんだ。妙に大人びいているというか、落ち着いてるというか、とにかく、器が違うって感じだ。
 というか、初日だからしょうがねぇけど、先生まで伊達に問題とかあて過ぎ。オレは授業風景を思い出しながらペットボトルのお茶を飲んだ。目立ちに目立つよ、特に見てなくても。
 っとそんなことより錦はどこかなー。
「そう言えばさ、さっき大丈夫だった?」
「……」
 ふいに伊達がそう言うのが聞こえた。しかも錦に向かってだ。錦はというと、無表情だが急に話をふられたから少し驚いているようだ。そんな伊達の問いかけに錦は目をしばたたせていた。
 伊達のまわりのヤツらはそんな錦らを交互に見、彼の取り巻きだけでなくクラスのヤツらも興味深げに錦らに注目し始めた。
「え? なになに?」
「吉良さんすでに伊達君と会ってたの?」
「何の話だー?」
「吉良さんが落し物をしてたから拾ったんだ」
「へー」
 取り巻きの質問に丁寧に答える伊達。
 それで錦があの時微笑んでいたのかと納得した。たぶん、落としたのはアレだな。いつも錦が身につけてるヤツ。
 そこでオレはなんだか心の一部がほっとした。ウラちゃんの前では特に気にしてない風を装っていたけど、本当は気にならなかったわけじゃない。今日は一緒にご飯食べる日じゃないから余計気になる。
「……うん、ありがとう」
 すると錦の声が聞こえた。見ると錦は伊達のほうに向いている。
「…とても、大切なものだったんだ」
 そして――
「……」
 俺は目を反らした。
 しーん……と静まり返るクラス一同。
 すると、彼らのうちそれぞれの用事をし始めた者もいたものの、大半は再び話し始め、あたりはざわついた。
「……あれが吉良さんの笑顔? ちょっと可愛いじゃん」
 錦に驚いたクラスのヤツの一人、ウラちゃんは間抜けなぽかーんとした顔でつぶやいた。アレだけで驚くか? そんな鼻水たらしそうな表情してさ。
「いんや、あれは普通に笑っただけだ。あと錦が可愛いのはいつものことだ」
 ひじきを口に入れながら淡々と言うと、ウラちゃんは意外そうな感心した顔でオレを見た。うん、さばのみりん漬けおいしい。
「……おまえ結構余裕あるんだな」
「は? なんで?」
「いつも無表情な吉良さんが笑うなんて滅多にないのに」
「いや、錦は確かに見た目無表情だけどさ、笑わんこともないぞ」
「俺にはいつも同じ顔にしか見えんけどなぁ」
 わかんねぇ……と首をかしげるウラちゃんはふと気づいたように隣を見た。そこにはすでに昼ごはんを食べ終わった根岸が、次の授業で当てられる箇所を予習している姿があった。
「そういえば根岸は何で吉良さんが笑ってるってわかったんだ?」
 ウラちゃんは根岸の机の前に来ると、さらさらと問題を解いていくヤツのノートを覗き込んだ。そこには数式の羅列が並んでいた。見てのとおり、次の授業は数学だ。
「正岡が言う吉良が『笑ってる表情』を記憶しただけだ」
「流石根岸だよなぁ。でもま、普通にわかるけどな」
「……それはマサちゃんの場合だけだろ。この吉良さんバカめ」
 もう問題を解き終わってしまった根岸に感心しながら言うと、ウラちゃんが白けた目で見てきた。そんなバカって言われるほどじゃないと思うけどな。まぁ錦にかかればオレの右に出る者はいねぇけど。
 すると、向こうで伊達が錦に話すのが聞こえた。
「……あのさ、吉良さん」
 見ると、伊達が錦の手をにぎっていた。錦が少し驚いた顔をしている。
 その時になってオレは初めて箸を止めた。
 ……おい、なんでそこでにぎる?
 妙な空気に包まれている二人に顔をしかめながら伊達を見ていると、ヤツはなぜか飛びっきりの甘い笑顔で錦を見た。まわりの女子がほうけた顔をしているのが見える。

  「俺と付き合ってくれない?」

―      !?      ―

「……は?」
 低くオレはそう呟いた。胸のあたりがぐるりと嫌な感じに冷めた。
 そしてあたりが今までになく騒然となった。
「おい、マサちゃん大丈夫……」
「ちょっと伊達君だっけー?」
 ふり返るウラちゃんをほうっておいて、オレは伊達の目の前に立っていた。しっかり錦の手を伊達の手からほどくことは忘れずに。
「彼女ほしいなら他をあたってくんない?」
 俺はにっこり笑うと伊達に言った。
「あ、ちなみにオレ……」
 オレは一息つくとまっすぐヤツを見据えた。

「正岡」

 伊達はそんなオレを見ると、にっこり微笑んだ。なんというか食えないヤツだ。オレも微笑みを返してやった。決して目は笑ってないけどな。
「邦雄」
 そばで錦が俺を呼んだ。うん、何も余計なことを言うなと言ってるんだな。
「ごめん、錦。ちょっと待ってて」
 俺は錦に笑顔を向けながら言うと、くるりと伊達のほうに向き直った。
「で、一目惚れすんのは正直わからんでもないけど、錦かわいいし。でも、軽い気持ちでそんなことしてほしくないね。特にクラスの前で」
「邦雄」
 今度は手を引っ張る錦。
「錦、もうすぐ終るから。で、そもそも転校初日でぶっぱなすのも止めろよ? 伊達は悪そうなやつに見えないし、そこらへんわかるよな?」
「……邦雄」
 少し口調をきつくする錦。
「もうちょいだから……。で、俺が言いたいのは……」

グシッ

「うっ……」
「手、離せ」
 に、錦。つま先は痛い。いてぇよ。
 オレはしゃがみこむと、錦に踏みつけられた足を押さえながら悶絶した。で、でも手を握ることの代償と思えばこんなものっ、平気だっ。むしろこんな短時間で何回も名前も呼んでもらえたんだから一石百鳥っ。
 痛みで顔をしかめながらも笑いを浮かべるオレを、伊達は哀れむようなまなざしで見ていた。
「君、よっぽど吉良さんに嫌われてるんだね」
「そうそうー。つか、正岡はねー幼馴染なんだよ、吉良さんの」
 クラスの女子その一が伊達に近寄るとニヤニヤ俺を見下ろしながら言った。確かこいつは小学のとき同じクラスになったヤツだ。つか、誰も助けてくれねーのかよ。
 すると、そいつに賛同するように次々と女子だけでなく、男子までも話しに加わりだした。
「で、幼稚園の時から吉良さんのこと好きで告白しまっくってんだよ」
「けど、今までずっとフラれっぱなんだ」
「しかも十数年も!」
「哀れ〜」
「それ越してすげぇよ」
「確か昨日も告白してたって噂が……」
「マジで!?」
「やっぱ昨日も言ったのかぁ。そんな気配してたんだよなぁ」
「目指せ! 100連敗!」
「つか、それ告白の回数だろ? 『好き』っつーセリフは100回超してるはずなんじゃ?」
「マジぃ!?」
「てか、1000回越してんじゃなーい?」

「「「「で、今のザマ」」」」

「……お前らな」
 クラス一同にオレの武勇伝を暴露されてオレは呆れて溜め息をついた。つか、どこからその情報仕入れたんだ。昨日の告白はちゃんと誰もいないところでやったんだぞっ。
 今更ながらこのクラスの情報網の恐ろしさに感服するよ。
「ごめんな、正岡」
「伊達、おまえも謝ってんじゃねーよ」
 あ、ごめんと再び謝りながらヤツは言った。くそ、伊達といいこのクラスはといいっ。ってかウラちゃんと根岸はフォローしてくれねーのかよっ。わかってたけどさっ。
 ちょっと涙がでそうになっていると、伊達がにこりと笑った。
「でもさ、誰と付き合うのも吉良さんの選択だろ?」
 オレは伊達を見た。伊達は穏やかに笑っている。その言葉にクラスの連中がオレ達に注目した。
「俺にもチャンスはあるわけだよね?」
「そりゃあ、十数年間振られ続けているツワモノにチャンスがあるくらいならねっ。チャンスくらいあるある! 伊達っちふぁいとぉ!」
「月原(わちばら)塩送るな!」
 急にしゃしゃり出てきた女子にオレはつっこんだ。ふぁいとぉ!じゃねーよ。
「んーん? クニさん自信なっしんぐ? 一億年と二千年前から愛してるぅ〜みたいなクニさんの想いってそーんなもんかい? 瀬戸内海?」
 そんなオレにへらへら笑いながら、ぽんぽんと肩を叩いてきた月原。完全に遊ばれてる。無論オレのたまりにたまった錦への想いがこいつに負けるはずねぇけどさ。
「吉良さん、別に返事はいつでもいいから。でも、一応考えていてね」
 そうこうしているうちにオレが錦から少し離れた隙を狙って、伊達が錦に向かって微笑みながら言った。そんなヤツに錦は少し間をおいて表情を変えずに答えた。
「……わかった」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
「よっしゃああああああああああああああ!!!! 皆の者! 吉良がどっちにつく賭けようぜぇ――――――――い!!」
「のったああああああああああ!!」
 途端クラスが妙に熱気を持ち始めた。ここはなんだ? おっさんの集まりか? てか諦めたけどさ、せめてウラちゃんはその集団に参加すんな。そして根岸、この熱気の中でも尚、小説読んでるお前の我関せず精神はなんだっ。
「ふざけろよおまえらっ」
 オレの呟きもむなしく、勝手に盛り上がるクラス一同であった。
 つーか錦はオレのだっっつーの!







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