2の話:山のカイ〜 ヤ行一飛んでカ行五 〜



 [5]

     ***

 なんなんだこいつらは……
 オレは溜め息をつくと、あれから一週間たったつーのにと愚痴をこぼした。
 妙にクラスの奴らがオレと錦の行動、一挙一動に敏感になっていた。もはやヤツらは格好の遊び道具を見つけた肉食獣だ。もしくは特種を狙っている近所のおばちゃんのように目を光らせている。
 おかげで学校ではまともに錦と話すことができない。オレはいいんだけど、錦が問題だ。いつもオレが錦に好きだと言う場合とかは、錦というよりオレに皆の注目が向けられていた。けど今は違う。錦にも皆の目がいってる。
 ……クソっ、伊達のヤツっ。
 錦ウオッチングはオレの特権だと言うのにっ。ムカつくっ。
「どうしてくれんだ、ウラちゃん」
「俺のせいじゃねぇし。つかお前も大概学べよなぁ」
「はぁ?」
「自分も公衆の面前であんなこと言うからだろ」
 人のことを棚にあげといて……とシャーペンをくるくる回しながら言うウラちゃん。今は先生が休みのため自習だ。ちなみに古典。だから課題のプリントをウラちゃんらと手分けして、解いていっていたとこだった。これがまぁまぁ多い。終わらなかったら宿題ってわけだ。
「……結構オレは言ってないか? みんなの前で。 それこそ今更すぎて驚きだけど」
「うん……ってそれが問題なんじゃねーだろお前」
 呆れた顔でオレを見るウラちゃん。すると、隣で課題の協力をしていた友2人がぽんっと肩をたたいてきた。
「正岡そこまでわかってて言い続けるんだな」
「尊敬するよ、ある意味勇者だ」
「うんうん。そして1ヶ月内に決着つけろよ。俺の食券がかかってる」
「いや、一週間だ!」
「正岡!絶対3日後!」
「……お前らはオレになにを求めてるんだよ。つか、賭けの趣旨が変わってるな」
 途中から後ろで一人加わったヤツを見ながら、オレは出来上がった古典のプリントを友の方にぺらりと放った。意外と早く出来てしまった。
「おおっ、流石正岡。国語古典はやっぱお前だな」
 嬉しそうにプリントを受け取って写し始めるウラちゃんと他の友だち。てか、てめえら一問もやってねぇのかよ。ヤスと根岸を見習え。
「まぁ俺らは期間派の賭けだからな」
「どっちにつく派は正直面白みがない」
 そう言うと二人はうなづきあった。クラスぐるでダシに使われるとは。しかも友人にまで……。楽しいか、おまえら。まぁいいよもう。あと一週間もすれば皆飽きるだろ。
 むさくるしい男子はほうっておいて、オレは錦の姿を探した。5列ほど前の席で月原と三成と話しながら課題をやっていた。あ、問7がわかんねぇのか。オレが教えてやるっ。って今行ったら駄目なんだよ。でもな……だぁ! 違うっその訳間違ってんだってば。
 がたっと音を立ててオレは立ち上がった。が。
「正岡、問2間違ってるぞ」
 目の前の視界がプリントで遮断された。根岸だ。
「……根岸」
 ぱっとオレはそれを根岸から取ると確認した。あーマジで間違ってる。凡ミスじゃねーか。
 オレはさらっと間違えを直した。それを今度はヤスが取っていく。わかんねぇとこがあったんだろな。
 そこで不意にオレは思い出した。つか、そういや根岸は賭けたのか?
「根岸」
「なんだ。俺は食券を賭けてない」
 オレがなにも言う前に根岸は小説を読みながら言った。お見通しか。
「お前はやっぱいい奴だな」
 オレはちょっと笑った。流石根岸だ。
「俺もしてねーな。そんなんより、自分で作ったほうが安くつくしおいしいし」
「ヤス、おまえには聞いてないけどありがとう。流石主夫。で、ウラちゃん」
「なわけねーだろ」
「意外だな、ウラちゃん」
「ひでぇなおい」
「あ、確か前、浦本の弟が何気に賭けてたの見たな」
 根岸の言葉にウラちゃんの表情が固まる。
 ……前言撤回だ。つか根岸も知ってたんなら止めろよ。根岸の言葉にとりあえずオレはウラちゃんにつめよった。
「止めろよてめぇ、兄として」
「いやぁ、あいつは俺の管轄外だって」
「あ……邦雄」
 ふいにヤスが声を上げた。
 ため息をつきながら振り返るとヤスがなにかをさし出してきた。
「漢字間違えてんよ」
 ぺらりとヤスがよこしてきたプリントを見ると、○がつけてある字があった。
「齋って漢字、微妙に。珍しいな邦雄が古典で間違えするなんて。さっきの問ニにしても」
 実際間違えていた。
「あーマジか。サンキュ、見つけてくれて。つかヤスと根岸がすごいんじゃねー? 齋なんてむずいだろ」
 さっさと直すとオレは笑った。そしてふいに根岸と目が合った。その目はなんだか、知り合いの妖怪、覚に似ていた気がしてオレは焦った。
「なんだ根岸?」
 根岸は妖怪じゃないのは知ってるけど、妙に聡いから、もしや。
「……お前、相当動揺してるな」
「「そうなん?!」」
 ……やっぱ気づかれた。
 根岸の言葉にヤスとウラちゃんがオレを見た。他の友達は聞こえてなかったみたいだ。なにかしゃべっていた。
 オレはただ、苦笑した。そして小さく、誰にも聞こえないほど小さな声で呟いた。
「……ヤバいな」
 ちらりとオレは錦を見た。ちょっと問題に手間取っているようで、表情は変わってないけどあごにシャーペンを当てているところを見ると、困っているみたいだ。オレはふっと笑った。すんげー可愛い。シャーペンになりてー。
 と、にやけていたけど不意に、オレは誰かが錦を見ているのに気づいた。オレはイラっとしてそいつを見た。
「……」
 伊達だった。
 あいつは気のいいやつだから、男女関係なくすぐにクラスに溶け込んだ。女子と男子と混じって課題をやっていたけど、誰にも気づかれずに錦を見ていたんだ。
 そこで伊達もオレの視線に気づいたのかこちらを向いた。にこりと微笑む伊達。
 気に入らない。
 オレは顔を背けると、カバンから漫画を取り出して読み始めた。
 これで10回目だ。一週間で、10回。
 伊達も錦を見ていて、その後に伊達がこちらに気づいて笑ったのは。
 でもきっとそんなこと、誰も気づいてないんだろうな。おそらく勘のいい根岸以外は、みんな。
 オレは意識して漫画を読んだ。でも今のオレには面白くもなんともない。ただ、ぱらぱらとページをめくる作業だけ。

 錦に告白したのが伊達じゃなかったら、オレは多分、こんなに動揺しなかったと思う。








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