[1] うさぎ、うさぎ どうしてこちらを向いているの どうして一人でそこにいるの 冷たい夜風に吹かれ 誰とも会わず 誰とも話さず あなたはただ こちらを向いている ただ…… こちらを見ている * 夜。 辺りはひっそりと静まり返り、夜闇が辺りを包んでいる。しかし、転々といくらかの間隔で置かれた街頭の光や、時たま通る自動車の通る音とランプ。夜遅く疲れた足で家に帰るサラリーマンの足音や夜遊びをして騒ぐ若者、犬・猫の鳴き声。そういったものが多少とは言えあるから、静寂でも真の闇の中にいるわけでもない。むしろ、電気がなかったはるか昔に比べたら随分と明るい。 その薄暗い住宅街に少し大きめの公園があった。そこにはどこにもあるような砂場やジャングルジム、鉄棒、すべり台、ブランコなどと言った遊具が点在していた。それらの中央には噴水もあり、今は時折吹く風によって静かに溜まった水が凪いでいる。 一際強い風が吹いたかと思うと、公園内の木々が揺れ木の葉が辺りを舞った。秋も深まってきたため、その葉は色とりどりに色づいている。その中から、一枚、ほのかに青白く光るものがあった。次の瞬間、雲で月が隠れ、辺りの光が少し、弱くなった。その闇が深まった公園の中、再び淡く舞う葉がどこからかやってきた。出元を見てみると、それは公園の更に奥の方のようだった。木々が茂った間を潜り抜け、しばらく奥へ行くと、そこには大きな木があった。 今はもう花は散り、枝に覆い茂った葉もそろそろ落ちつつはあるが、その木は力強く鮮やかに、ほのかに光る葉を茂らせていた。普通の木とは違い、夢の中に住む、巨樹を思い浮かばせるようなそれは、誰にも邪魔されることも気づかれることもなく、夜の中しっかりとその存在を持っている。大きさは4階建てのビルくらいで、すらりと四方に伸びた枝はそこの空を覆ってしまえそうなくらいだ。なにはともあれ、その巨樹は青白く妖しく美しく光っていた。 それはこの近辺では親しまれ、その美しさゆえに『桜羽姫(おうひめ)』と呼ばれた桜 の木であった。 その桜羽姫なる桜を見ると、頂点に近い枝のほうに人が乗っていた。その人は赤銅の髪を一つに結わい、両耳には棒状の黒の玉のピアスを二つずつけた子どもであった。歳は15・6くらいだろうか、その者は幹に背をもたれ右足は枝から垂らし、左足は立てひざに、左腕をその上に乗せていた。風が吹き、さらりとその子どもの着ている衣服をなで、髪を揺らした。 すると、雲から月が再び出始め、あたりが心持ち少し明るくなった。そこで眠ったように瞑ったままだった子どものまぶたが、ゆっくりとうっすら開かれた。そこには、まばゆい輝きをもつ黄金の瞳。その瞳は強く、揺るぎなく月をじっと眺め、その者が放つ気配は静まり返るような清廉とした鮮やかな気であった。そしてしばらくは微動だにせず、まるで木に溶け込むようにいた。 ふと子どもは視線をすぅっと斜め下の方へずらした。その先にはジャングルジムがあった。少し大樹からは距離があるがその者がいる枝の上ではなにもかも見通しよく見える。そしてジャングルジムの上には少女が座っていた。中学生くらいのその少女は、制服を着て誰とも一緒に連れ添わず、一人で夜更けの公園の中でいた。よく彼女を見てみると、その目は月の方を向いている。丸く丸く青白く光る月を。 子どもは少女に向けた目をすうっと細めると、目を瞑り小さく鼻をならした。 |