[2] 『……薄ら寒い』 ぽつりと可愛らしい子どものような声がもれた。いや、人の声と言うには少々語弊があるかもしれないが。とりあえず、その声の主は枝に、そう柿の木の枝にちょこんと座っていた。 秋も深まるこの季節、柿は葉を黄色から橙、茶に色を染め、そろそろ枝についている葉が淋しくなり始めている。 その柿の枝にぬいぐるみほどの大きさの妙な生き物が座っていた。それは橙色の体に茶が基調の服を緑色の紐で縛り、背中にはかぶさるように枯れ葉色の手裏剣状のなにか、まるで柿のヘタのようなものがくっつけてあった。 つぶらで一つの汚れのない純粋そうな瞳のそれは、一目で女の子をゲットだぜ! なくらい可愛らしい姿であった。 『正岡の家に行って温まるとしようかね』 そう言うとその者はひょいと地上から2メートルくらいの高さから飛び降りて、平然とした様子で歩き出した。しかし、いくらかもしないうちにぴたりと立ち止まると、考え事をするように宙に視線を向けた。そして何かいい考えをひらめいたのか、ぽんっと手を打った。 『うん、あの姿のほうが移動しやすいな!』 そう言ったかと思うと、ぽんっとその者は白い煙のようなものにつつまれた。次に煙の中から現れたのは、先ほどの小さなぬいぐるみのような姿の者が着ていた服とよく似ている服装をした、中年ちょっと過ぎたおっさんだった。しかも腰まである焦げ茶の髪はもっさりと伸びており、おまけにひげももっさりなすばらしいかっこうだ。 『うんっ。これでよしっ』 しわがれた老齢な声の主は元気に歩き出した。 「うわぁ……夢を壊すようなもの見ちゃったよ。あれ、おっさん通り越してもっさんだよ、もっさん。……自分で言ってキモくなってきた」 そんな声がして振り返って見ると、中学2年生かそこらの少女が面白い、でもキモそうな視線をその者に向けていた。彼女が着ている白いシャツの上にしめられた紺色のネクタイ、紺、黒、白と茶色のチェック生地のミニスカートが少し冷たい秋風にゆれている。そして携帯を片手に持った彼女は白いガードレールに腰掛けていた。 『な……お前、俺を?』 「わはぁ……『俺』だってよ。てっきりらしく『儂』って言うかと思ったのに、なんか残念?」 そのおっさんみたいな者が言うと、少女は即感心するように声を上げた。そして物珍しげに上から下まで彼を見たのだった。顔を下に向けた拍子、彼女の髪の毛を後ろに止めた髪留めがきらりと太陽に照らされて光った。 そんな彼女にさして気にすることもなく、彼はふむとうなった。 『珍しいなぁ……正岡やその関係者、幼い子ども以外は最近見えるのは稀だったんだが』 しかし、少女は一応子どもだ。彼女くらいの歳だと見えるようになる時もある。一応思春期……か? そう考えていると思わず彼は小首をかしげた。その行為がいけなかったらしい。そんな彼を見た少女は青汁でも飲んだようなまずい顔をした。 「小首かしげてるよ〜っ。似合わねぇ!」 『……しまったいつもの癖が』 「癖っ!! 癖なのそれ!?」 ぷくくと笑いをこらえる少女に少し複雑な思いにかられ、彼は困ったような表情を浮かべながらあごをかいた。しかし、なにを考えたのか、再び得意げに胸を張った。 『俺は普段さっきの小さい姿になってるんでね。さっきの姿なら似合うじゃろ?』 そう言ってウインクまでした彼。よほど自信があるらしい。しかし…… 「『じゃろ?』じゃないわぁ! しかもなにそのキモいウインクっ!?」 どわはは〜と笑い出す少女。予想と違い、彼女のつぼにはまったらしい。よくよく考えてみると、今の姿でウインクはまずかったかもしれない。いや、想像してみて気持ち悪さ満載だ。そう考えたとたん、彼は自分の失策に気づき軽く落ち込むことになった。 『……では俺は先を急ぐので』 「待って待って〜」 もはや、こんな寒空の下笑われるのはごめんだ。心の中まで寒くなるではないか。そう思いながら、呼び止めようとする少女を無視しそそくさと彼は目的地へ向かい歩き出した。だが…… 「――もっさん!」 『もっさん!?』 その言葉にばっと振り返り、彼は少女に詰め寄った。 『違わい! 俺にはちゃあんとさる可憐な少女に『たんころう』と言う名をつけられたんじゃっ!』 「『たんころう』? そりゃまた変な名前だねー。本人と同じく」 さらりとひどいことを笑顔で言う少女。そんな彼女にひくりと顔を歪めたが、ぐっと我慢して彼――たんころうは笑顔で言い返した。 『お前俺をバカにしてるのか? それに俺は妖怪タンコロリン、そこからもじったキュートな名前じゃろう?』 「キュート言うなその外見で。やっぱもっさんだよ、もっさん」 『だからだな!』 「もっさらず、もっさり、もっさる、もっさるとき、もっされば、もっさん。どう? もっさん活用」 ― ……俺、この小娘に笑いの種にされてる? ― 楽しそうな少女にぼろくそに言われるたんころう。なんだかくらくらしてきたのは気のせいだろうか? そう思いながらガクリと彼はうなだれた。ほとんど先ほどの可愛らしい姿で行動していたため、たんころうはこんなにぼろくそに言われる免疫がなかったのだ。むしろ、言われそうだからほとんど今の姿にはならなかったのだが。そのためなおさら彼のショックは激しかった。 ― なんなんだこの娘はぁぁぁぁ!! 俺はマスコットだぞぉぉ…っ ― 涙が出てきたたんころうであった。 「言われ放題だな、たんころう」 ふいに彼らの後ろから声がした。振り返ってみると、そこには古典舞踊の服装のような物を着た少年が立っていた。 ひもで一つに結った赤銅の髪は首より少し下まであり、紫色の瞳は面白いものを見ているようにつりあがっていた。上は抹茶とくすんだ黄色の生地に鮮やかな金の刺繍がほどこされた上着、下は白い履き物に銀の刺繍の模様のあるもの着ていた。足は素足でいるにもかかわらず、まったく荒れていない。 『これはオウヒメ様! 散歩ですか?』 「ああ、することがなかったのでな」 ぺこりとお辞儀をすると愛敬を振りまくたんころうに、さらりと冷然と言う少年。 すると、突然風が吹きた。その拍子、偶然にもオウヒメの袖の間にごみが紛れ込んだ。 慌てることなく、彼はさっと腕を捲り上げた。腕をあらわにした途端、はらりと木の葉のくずが一緒に出てきたのを確認すると、オウヒメは袖を元に戻そうとした、が…… 「……マッチョ」 『!?』 隣でしばらく沈黙していた少女が突然、ぽつりとつぶやいた。そんな彼女に口をあんぐり開けて衝撃を受けるたんころう。ふるふると彼はゆっくり少年、オウヒメの方へ顔色をうかがうように見た。 「……」 そばで袖を戻そうとしていたオウヒメは動きを止め、つぅーっと視線をずらすと、少女の方へ向いた。しかし彼女はというと、彼を見てはいなかった。正確には彼女は筋肉の均整が取れた彼の綺麗な腕を見ていたのだ。 「小柄な割に、マッチョ」 再び言う少女にオウヒメはしばし沈黙すると、少々なにか考えた後苦い顔をし、袖を元に戻しながら口を開いた。 「……お前達小娘の間では人を見るなり、『マッチョ』と思う流行でもあるのか?」 「そんな流行あってたまるか」 至極きっぱりと言う少女にたんころうは、ぱくぱくと青い顔して物言いたげに彼女を見た。 |