「「
「さっさと用を済ませこの馬鹿ども」
期待をこめた瞳で彼を見る
「やぁね、馬鹿は
「……
そんな
「と、言うことで
「一々気に障るような言い方をするな」
「んー……あタシが失敗しタラやっぱ
「私の出る幕でもないしね、今回は」
「いや……っ」
僕の手を離すと彼女は悲鳴を上げて彼らから遠ざかった。懇願するように言う僕の友は先程の恐ろしい笑みを消し、震えていた。
「巴雅と一緒にいたい!」
「あーりゃまー……相当な執着だこと」
呆れた様子で彼女を見る
「お前……」
「どうしていさせてくれないんですかっ。あたしが何か悪いことをしたって言うんですか!」
「アー……君ヤッパリおもしロイ」
ケラケラと笑う
それは彼女も一緒だったのだろう。一瞬、瞳に怯えが見えた。けど耐えると彼女は震える声を奮い立たせながら
「っあたし、今まで悪いことなんてしたことない! 我侭も言ったこともない! ねぇいいでしょ? 一個くらい我侭言ったっていいでしょ?」
すると不意に彼女が僕を見た。
「ねぇ……巴雅も、そう思うよね?」
その時彼女の瞳にはどこか、
「思うよねっ?」
寒気が僕を襲った。
「――っ」
「下らん」
突然冷たい声が僕たちの間を貫いた。
「なっ」
驚きと怯えと共に彼女が後ろを振り返ると、そこには白装束の男――
「なにが一個ぐらい我侭だ。実に下らん。貴様の御託を聞くのはもう飽きた」
「な、どうして? どうしてあたしを責めるのよ! あたしは何も悪いことなんてしてない! 誰があたしを責める資格があるってのよ!」
「ナイねー」
「え」
僕は耳を疑った。見るとそこにはにっこりと
「そうねぇ、ないわね」
傍にいた
それはまるで友達を遊びに連れて行く許可を聞いたような軽い調子だった。
「もちろん合意があれば連れてくのもアリよ?」
軽く彼女に微笑んだ
「だが」
話を遮る
「お前の場合運がなかっただけだ」
「え……う、ん?」
その言葉に呆然とする彼女。はっと気を取り直すと彼女は彼に食いかかった。
「そ、そんな理不尽なこと!……」
「理不尽だがそれがどうした」
「な」
「下らん。お前の生まれた環境も理不尽がなせる業だろうが。戦の中で生まれた子どもがいるというのに何故お前はこんな平穏の中で生まれた」
一歩足を踏み出し彼女に近づく
「そ、そんなの知るわけ」
「不合理にして不平、不平等にして無常。それが世の有様だ」
ぴしゃりと彼は冷たく言い放った。
そんな
「な、何を偉そうに! だいたい何様よあんたら!」
「SM様だ」
真顔で彼は言った。
いつでも愉快そうに笑う
しばし、皆の間に沈黙が訪れた。
「……は?」
そんな空気を最初に破ったのは、僕の間抜けな声だった。
彼女と僕は互いに目を合わせる。
― え、何言ったこの人? ―
― え、え……なんか、変な単語が ―
「聞こえなかったか?」
思わず目で会話してしまうほど、動揺してしまった僕らに顔を
「もう一度言――」
「あー、このおっさん無視して」
「
彼の言葉を遮って、慌てて
彼らの行動にわけがわからず、彼女と共に
そんな僕らに気づくと、気が引けるような笑みを浮かべる
「つまり、あー……」
「サラリーマンって言いたかったのよ」
しばし、僕ら間に再び沈黙が訪れた。
― ……
唖然と口を開けたまま、僕たちは
「ああ……マジ
額に手を寄せると誤魔化すように笑みを浮かべながら、
その後ろで楽しそうにまだ
「
「……って死神のサラリーマン?」
妙な冷や汗をかきながら、恐る恐る聞くと
「はっ」
不愉快そうに目を細めると、ふいっと目を逸らす彼。
そしていい加減ウザくなったのか、おちょくる
― 鼻で笑った ―
― いや、テレ隠し? ―
再び顔を合わせる彼女と僕。なんだろう、なんなんだろうこの状況。
「いや、ごめんね。ったく
慌てて言う
「とりあえず私ら
一息つくと彼女は僕達に言った。
「敢えて言うなら葬儀屋」
化け野の言葉に急ににゅっと出てきた
「強いテ言うナらリサイクルセンター」
「おお、いい例えね。ナイス
― えぇ?! リサ……ってええ?! ―
「満足か?」
彼女は黙ったままうつむいていた。
「……ただ」
ぽつりと呟きが零れ落ちた。
「……ただ忘れないでほしかった」
自分の手をぎゅっと握ると彼女はあはは……と力なく笑った。
「それだけだったんだ」
僕はただ、彼女を見つめることだけしかできなかった。
「自分のものとか、そんなんじゃ、なくて」
彼女は上を向く。溢れそうになる涙をぐっと拭うと精一杯笑う。
「ずっと、忘れないでほしかった。ずっと……友達でいてほしかったのよ」
彼女の言葉に僕は何か言おうとした。でもそれは言葉にはならず、口を開いたまま何も言えなかった。そんな僕をふっと彼女は笑った。
「こんなんだったら、ちゃんと素直に言えばよかったな。素直に生きたらよかった。メールや手紙なんかじゃなくて、気軽に遊びに行けばよかったんだよね」
「さっさと逝け。うっとおしい」
それでも彼女は僕に言葉を続けた。最後まで言葉を尽くすように。
「ごめんなさい。最後に会えて、嬉しかった。友達になってくれてありがとう。だから……」
『もう解放する。あたしのことでもう苦しまないで』
――――彼女は、消えた。
彼女の最後の言葉は、空気に溶けていった。
虚空を見上げても、もう彼女はいない。
彼女は
僕は何をしていたんだろう。僕は何もしていない。僕は何もしなかったんだ。礼なんて、僕は言われるような奴じゃない。
頬に生温かいものが流れる。葬式が終わっても流さなかった涙が今、決壊したように溢れていた。
どうして彼女は死ななければならなかったんだろう。
それでも僕達はその中を、生きていかなければならない。
「……手間取らせる」
不機嫌そうな呟きが耳に届いた。
振り向くとそこにはため息をついて舌打ちをする
思えば、彼らに僕は助けられたんだ。そして……おそらく彼女も。
「あの……」
僕は礼を言おうと立ち上がって涙を拭い、少し緊張しつつも笑顔で彼に声をかけた。
が――……
「ひっ」
彼の顔を見た瞬間情けない声を上げてしまった。
冷たい目に射られ、僕は怯えざるをえなかった。
「いや、ごめんね坊ちゃん。この人今ものっそ気が立ってるのよね。仕事の後はささくれるの、この隠れナイーブは」
ひらひらと手を振りながら笑うと、
「あ、ちなみにさっき変なギャグを頑張っちゃったせいで恥ずかしくもあるんだよね」
「あト、君の心配モしちゃッテくれて不機嫌になッテるんダヨね」
彼女に続きおどけて
「え!?」
しかし、それがいけなかった。後ろから冷たい怒気が伝わる。恐ろしすぎて
「……お前らも逝くか」
彼らに向かって言われた低い声に僕は顔を歪めた。聞いただけなのに僕のほうが死にそうだ。
「あ、私にそれ言うんだ?」
「ソレ、わたシなら出来るだろウけどネ。
けらけら笑う
人って不思議だ。さっきまで泣いていたのに、もう笑える。人は立ち直れるように出来ているんだ。いや、生きていくために立ち直ろうとするんだろう。
「助けていただいて、ありがとうございます」
僕は頭を下げると三人に言った。
「僕と彼女を……」
「礼を言われる覚えはない」
ぴしゃりと冷たく言い放つ
正直言おう、実はかなり無理して彼らと会話をしていた。本当は怖い、この上なく怖い。別に
……礼など言わないほうがよかったのではないかと思ってしまった僕だった。
頭を下げたまま、上を向けないでいると他の二人がそんな僕と彼を見比べながら、笑いを堪えている気配がした。
「行くぞ」
「なーにセリフ決めちゃってるのかしら」
「カッコつけェイ〜」
「お前らもいい加減にしろ」
にこりと微笑む
とりあえず彼らはおっけーサインを
「……」
徐々に彼が遠ざかっていく。彼らも彼らの日常に戻る。
そう思うと少しばかり名残惜しい気もした。……いや、ある意味ほっとしたかもしれない。
「あ、忘れてた」
「うわっ」
急にそばから
「これ、持ってきなさいな」
何かを手に押し付けられて見るとそこには赤い唐傘があった。所謂、時代劇に出てくる代物だ。
「え? 傘? って古っ」
まじまじとめったに見れない傘を見ると僕は彼女を見――
「君君、この傘さシタマえー!」
「ひぉうっ?!」
いつの間にか下からにょっきりと
「で、で、も」
び、びびった。ばくばくする心臓をなだめながら言うと、
「私ならあいつのに入るから。それにじゃないと……」
意味深な笑みを浮かべると、ぽんっと彼女は僕の肩に手を置いた。
「あちらへ戻れなくなるよ? 坊ちゃん」
「――え」
その言葉に僕ははっと気がついた。
忘れてた、ここは黄泉の国の手前。
ここにいるということは死を意味する。
「もっとも、
気軽に言う
「……いえ」
今度ははっきりと声を出して言った。
「僕は生きます。このままで終わりたくないですから」
「そう……。なら後ろの道をまっすぐ進むといいわ」
後ろに指を指しながら
「傘は決して手放さないで、さしていなさい。振り向いてもいいけど、決して足を止めないで。絶対に」
一面の紫陽花に少々驚きながらも、ちらりと赤い唐傘を見た。
「蛇の目デお迎えウレシイナー!」
いつの間にか
そんな
「さ、傘を差しなさいな。もう行かないと戻れなくなるわよ?」
「あ、はい!」
彼女の言葉に慌てて傘をさした。案外傘は重くなかった。僕一人が入るには十分すぎるほど大きい。でもこのくらいあれば雨が振ったとしても決して濡れな いだろう。
「じゃあ
こちらに手をふりながら
僕はその言葉の意味を彼女に尋ねようとした。
けれど疑問を聞ける前に彼女は空を見上げていた。僕も釣られて空を見上げる。けど別に特に変わったことはない。
再び
そして
瞬間
ざああああああああああああああ……
視界を遮るほど大粒の雨が滝のように降ってきた。
「ピッチピッチ チャップチャップ」
嬉しそうな
僕は、生きていく。
そう、僕が望んだから。
「ランランラン」