Promise

〜一章・10〜




* 10 *


 ツンッ
 突然誰かに背中を押されてビクリっと体を揺らすと、私はばっと振り返った。えいちゃんだった。背中を鼻でつついていたんだ。
「……えいちゃんびっくりしたよ。撫でてほしーの?」
 私はそう言うと、えいちゃんを撫でた。えいちゃんの穏やかな瞳を見ていると、なんだか落ち着いてきた。おじいちゃんと同じ銀髪だし、なんとなく、優しくて温和な目が大好きなおじいちゃんと似ているから。
 ひとしきり和んでから私はイノリとイナリに振りかえった。
「えーっとなんの話だっけ?」
「……いや那俊(なしゅん)のことだったけど」
 苦笑いを浮かべながらイナリが答えた。どうもさっきの私の変化に気づいていないみたい、よかった。内心それにほっとしながらそれに私はぽんっと手を叩いた。
「あ、そうそう。それでイノリとイナリの裏稼業だ。お祓いとか、憑き物落としとか、占い師? してるんだっけ?」
 自然と笑みを浮かべて私は二人に聞いた。二人の仕事の内容を私は二人から何度も聞いたことがある。けれどこれと言って二人の職業名を言ったことはなかったから、私はイメージで言ってみた。
「確か名前が妖術師? 魔術師? 霊術師? あ、 退魔師だったかな」
 それにとりあえずイノリは私の近くのカーペットに座り込んで考え込んだ。イナリも私達の方に寄って来て、腰をおろしてきた。そんな彼にえいちゃんがそばによって隣に座る。えいちゃん、イナリ好きだよねー。
 そしてうーんと唸ると、にっこりイノリは笑って答えた。
「……強いて言えば全部だけど、日和の言い方だと胡散臭くなるね」
「胡散臭くないよー本当なんでしょ?」
 私は見たことがあるという言葉を飲み込んで言った。本当は隠しごとは二人にはあまりしたくないけど。
 それにイナリとイノリが顔を合わせると、言葉を選ぶように交互に言った。
「基本、俺達のは色んな流派や術式が混ざってるから一概にどれ、とか言えないんだけどな」
「陰陽道や密教とかはわりとベースに使うよ」
「あと錬金術関係もかじってるか?」
「気孔術の派生とかもあるし」
 それに私ははっとした。そんな私にこちらを見る二人。
「気孔だったら結構身近な感じだよね、元気は気からって感じだし! 気孔師ってなんかすごそー」
 気孔師な二人を思い浮かべながら、にへらと笑った。肩コリとか冷え症とかすぐに治しそう。あとツボとか押して、血液の循環とかよくしたり……。あ、これマッサージ師かな。なんて想像しながら私が笑みを浮かべると、イノリもイナリも黙って笑っていた。
 しばらく、ほんわかとした空気になった。
 そしてその後唐突に二人に頭を撫でながら、笑顔で言われた。
「ありがとう、日和。でも俺、気孔師はちょっと止めてほしいな」
「うん、つか止めて? 総じて術師でいいから。術師。これでよろしく」
「う、うん、わかった」
 二人とも後半の言葉を強くして言っていた。あれ? 気孔師嫌だったのかな。すごく健康的でみんなに好かれそうなのに。でもとりあえず私はこくりとうなづいた。
 そしてその先を聞くことを止めた。裏稼業の内容、を。私は、少し気づいてしまった。二人は本当は、あまり裏稼業の詳しい内容を言いたくないんだ。
「そろそろ華音(かのん)さんがお昼ご飯作って待ってるし行こうか」
 立ち上がるとイノリが手を差しのべながら言った。その手を取って私も立ち上がると笑った。
「うんっ、お母さん今日はなに作ってるかなー。ゴーヤチャンプルの予感だなー」
「その根拠は?」
「なんとなくー」
 えへへと笑うと、私は背伸びをした。
「んじゃ、着替えてから降りるから先に行ってて」
「わかった、じゃあ早くきなよ」
「うんじゃ……」
 とドアをしめようとした時、不意にがっと二人にドアを止められた。
「と、その前にね」
「そうだな、お前」
 にっこり笑う二人、なんだろう。わけが分からず立ち尽くしていると、二人の手が伸びた。
 イナリの右手、イノリの左手がつかんだ。あれ、イノリの腕……。
叡羅(えいら)、着替えを覗くつもり?」
「あまり悪ふざけするなよ?」
 えいちゃんが凄みのある笑顔の二人に掴まれて部屋の外に引きずり出された。笑顔で怖いオーラだせるなんて流石だね。術師だからかな、すごいね。でもえいちゃんにもうちょっと優しくしてあげて。その、痛そう。それに……。
「あの……」
 私が恐る恐る呼ぶと、イノリが振りかえって爽やかに笑った。
「あ、ごめんね日和。先に行っとくから。なんだったら着替えるの、僕待ってるけど。調子まだ悪いかもしれないし」
「あ、大丈夫! すぐあとで行くから!」
「そうか、じゃあ先に行ってるよ」
 イナリがそう言うのを見届けると、私は慌ててドアを閉めて箪笥から服を選んだ。あ、そうだお風呂もあとで入らないとべたべただ。適当にジーパンとキャミソールを着て、半袖のパーカーを羽織って私は鏡に向かった。
 そこには顔にバンドエードを張った自分の顔。すっかり忘れていた。びろっとゆっくり剥がすと、切り傷が覗いていた。そんなに深くはないけど、かさぶたができて線が引いていた。
 傷……
 そっとそれをなぞりながらこないだ、イナリがケガをしたという話を思い出した。
 それはおそらく、宮司の手伝いじゃなくて裏稼業が原因。二人はどうもその話をしたくないみたいだ。だから二人の仕事をしている姿を見たことは、今は言えない。なんとなく、今は言ってはいけない気がしたんだ。知られたくない、と二人が思っているようだから。でも……。
 私は引き出しからバンドエードを出して顔に貼ろうかちょっと悩むと、小さいのを張ることにした。また落ち着いたら言おうかな。本当はイノリもイナリも、仕事をする姿をあまり見てほしくないようだけど。別に隠すことじゃないから。
 でもどうしてイナリがケガをしたんだろう。今は大丈夫みたいだけど。それに……さっきのイノリの腕の痣。
 私はぴたりとドアの前で止まった。さっきイノリが手を伸ばした時、見えてしまったんだ。それまで服に隠れて見えてなかった痣が。どうしてあんなケガをしたんだろう。あれは内出血で出来た紫とは違う気がした。内出血にしては形が歪みすぎていて、濃かった。
 それに紫色のあれはどこかで、見たことがあった気がした。特に小さい頃、宮司の手伝いをしてたって二人が誤魔化していた時。本当は裏稼業をしていたあの時に、服の間から見えたどこかで見たことがある痣。
 そっと私はドアに手をかけた。ひんやりと肌にドアノブの感触が伝わる。
 あれは内出血と言うより、むしろ――――

― ノロイ ―

 そんな言葉が私の脳裏をかすめた。
 それは、確信にも似た感覚だった。
 なんて、変だよね。漫画の読みすぎだよ。自分に呆れながら私はドアを開けた。けど……
「あれ? 先に行ってたんじゃないの?」
 ドアを開けて見ると、そこにはイノリとイナリ、仲良くえいちゃんを相手している姿があった。私の登場にほっとえいちゃんは息をついたようだった。なんでだろ、えいちゃん二人に苛められてたのかな。
 えいちゃんにかけよって抱きついて撫でながら、ちろりとイノリとイナリを見た。すると、慌てて二人は言った。
「あー、それが叡羅が都合よく……じゃなくてどうしてもこの場を離れなくってさー」
「むしろナイスジョブ……じゃなく仕方なく僕達も」
 最初の言葉にちょっと首をかしげたけど、えいちゃんは苛められたわけじゃないみたい。それに少し安心した。
 とりあえず私は二人を待たせてしまったみたいだ。
「ご、ごめんね。お腹すいたでしょ?」
 申し訳なくて二人に謝った。きっと男の子だし、お腹結構空いてるはずなのに。
「大丈夫、待ったってそんな変わらないし。あ、あと日和。明日高階がノート持ってくるってさ」
 イノリが思い出したように言った。
 明日は土曜日、学校がない。だから千弦ちゃんが持ってくるって言っているんだろう。
「あー、じゃあ明日部活行くから学校でってメールしとこ。そっちのほうが千弦ちゃん近いし」
 部屋を出て廊下を歩きながら私は答えた。
 それにイナリが呆れた表情を浮かべた。
「……病み上がり早々で明日行く気か」
「動かなきゃ、体が余計だるくなるよ」
 振り返って笑むと、ふーっとイナリはため息をついた。
「ったく、熱が下がったと思ったらすぐ動くんだからな……」
「だって、皆に会いたいもん」
「植物の皆さんに?」
 イノリの言葉に私は大きくうなづいた。
「うんっ。皆と話してると元気になるんだよ」
 とびっきりの笑顔で二人に言った。
 そんな私に二人は力なく笑った。
 そのそばで私はすでに今日の昼ご飯のことが気になり始めていた。熱も下がったし、今日はちょっと気だるさもなくなってとても気分がよかったんだ。
 上機嫌で食卓に向かう私の後ろで二人がそんな私を見ながら話した。 
「あの園芸部、花と会話してもおかしくない雰囲気だからな」
 イナリの言葉に肩をすくめるイノリ。
「日和のぼけぼけオーラに匹敵するもしくは対抗できる部員がいるくらいだからな」
「中には花が恋人とか言うヤツもいたよな」
「いたいた」
「……つかある意味日和にぴったりな部活だな」
「恐るべし、不思議部」
「ご飯―っ」
 私はご飯のことを楽しみするあまり、二人が後ろでそんな会話をしているなんて気づいてなかった。だからこれは思い返して見ればそうだったくらいの記憶。
 ちなみにご飯は私の予想通り、ゴーヤチャンプルーだった。デザートにサーターアンダギー付き。
 えいちゃんもサーターアンダギーをおいしそうに食べた。そんな平和な昼食だった。




*  *  *

 なのに、いくつか波紋が私の心に残こっていた。
 ゆらゆらと、なにかに反応するように。





 

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