* 9 *
確認すると1通はお父さんからだった。お父さんがメールをわざわざ送ってくれたんだ。今期仕事で忙しいのに。
ちょっとドキドキしながら内容を確認した。
『日和、ファイト。
お父さんも必死で念じながら応援してる』
お父さんの、応援? その姿を想像して私はちょっと吹いてしまった。お父さん面白いなぁ。そして返信のメールを送った。
「『お父さんの念届いたよ! おかげで熱下がったー。ありがとー』……って、なんだそれっ」
突然後ろから声がして振り返ると、今度はイナリがお腹を押さえて吹いていた。
な、内容見られた!
「イナリ、悪趣味」
上から声が聞こえて見ると、イノリがイナリを足蹴にしていた。あ、あのイノリ、それは良くないよ。頭に足は。
「ってか、無駄に日和とおじさんって仲いいよね」
「てめっ、臭い足をどけろっ」
そう言いながらイナリがイノリの足を引っ張った。
「なっ」
あ、危な……
イノリの体が傾いでいく。
そして派手な音でイノリが倒れた――――ということはなかった。
片手を床に立てて一回転するとイノリが受け身を取っていた。
「馬鹿か? 部屋でやんなよ」
冷やかに言うイノリ。
「それはこっちのセリフだってーの。……ついでに凶器まで使いやがって」
あれ、イナリの声があっちから?
見ると少し離れた所にイナリが立っていた。なにか手に持っているのに気づいて見ると、彼の手にはシャーペンとボールペンが5本くらい指の間に挟んであった。
一瞬で移動した上にイノリの投げたペン、防いだんだ。
「日和に当たったらどうしてくれんだよ、この野郎」
「は? 僕がそんなヘマすると思う? イナリじゃあるまいし」
「億が一でも可能性があるんなら危ない目に合わせるな。まぁお前の太刀筋は見えてるからそんなことさせないけどさ?」
ふっと笑うイナリ。それにイノリは目を細めると、お互い見つめ合っていた……じゃなくて睨みあっていた。
でもそれより、私は興奮のあまりつい、声を出していた。
「す、すごい!」
「え?」
その言葉に二人が同時こちらを見た。二人を尊敬のまなざしで見つめると私は交互に二人を見ながら言った。
「私も瞬間移動したい! ペン防ぎとか、その隠し芸どうやってやるの?!」
私は目を輝かせながら聞いた。
けど、しばしの沈黙のち、二人は青い顔で言った。
「ごめん、イナリ。僕、大人げなかった。日和はこんなの習得しなくていい」
「うん、俺も悪かった。ごめん、俺達が悪かった。」
なぜか二人に謝られた。
なんで青い顔をしてるんだろう、と思って首を傾げたけどとりあえず、二人が仲直りしたみたいでよかった。
あ、そう言えばあと2件メール確認してなかった。
慌てて携帯電話を見ると、それは総合のフォルダに入っていた。友達や家族とか受信フォルダを設定しているんだ。だけど総合フォルダに入っていると言うことは登録していない人ってことになる。
あれ? 知り合いじゃないのか。クーポンかな。
開けて見ると、やっぱりクーポンだった。カラオケ半額。明後日かぁ。行きたいなぁ。でも学校あるし、部活あるし。
そう思いながらもう1件を確認してみた。
けど。
え? なにこれ?
本文が真っ白だった。
送信相手を見ると、これもなにも、ない。
バクっちゃったのかなぁ……
とりあえず、ポケットに携帯電話を入れて、キッチンに向かうことにした。
「イノリとイナリも食べてくの?」
「ああ、うん」
「久しぶりだな」
顔を上げると二人がにっこり笑いながら答えた。いつの間にか横にいた。びっくりした。瞬間移動第二弾。
そう言えば、なにかを忘れていた気がする。なんだか私は引っかかることがあった。何かがおかしい、忘れてる。けどなんだかわからないうちに霧散していった。
私にとってよりびっくりなことが起きたからだ。
一筋の強い風が突然吹いた。
わ……すごい風。
さらさらと目に髪が被さる。それをかき上げながら吹いてきた方向を見ると私は驚いた。
私の部屋の窓から、銀色の毛をなびかせた四足の動物が入り込んできたんだ。
でも変だけど、私は突然入ってきたという事実よりも
だってその動物はとても見覚えのある子だったから。
「わーっ、えいちゃんだ。お見舞いに来てくれたの?」
私は思わず部屋に入ってきた動物、えいちゃんに抱きついた。
体に時々灰色の斑点があるえいちゃんのふわふわの毛に顔をうずめると、えいちゃんの方も顔を擦り寄せてきた。大型犬くらいの大きさで、長い毛並みはいつ見ても惚れぼれする。頭を撫でるとおでこにぽこぽことした感触が伝わる。二ヶ所あるその凹凸は角みたいだなぁなんていつも思う。あと額の真中に黒い点があるのもえいちゃんの特徴。三つ目みたいだよね。いつかぱかって額に目が出てきそう。
なんて思いながら気持ちいいえいちゃんの毛並みを恍惚と満悦していた。ちょっと困ったようなえいちゃんの気配がした。でも振り払おうとしない所、優しいね。
体を離すとえいちゃんの顔を見て微笑んだ。えいちゃんの瞳は穏やかで理知を備えた聡明さがあるから、なんだかこちらの思っていることも分かっていそうなんて思ったりする。
「えいちゃんって犬種なんだっけ?」
ほのぼのとえいちゃんを撫でていると、私は首を傾げながらえいちゃんに聞いた。
「いや、犬種って……
そんなイナリの言葉に私は不意に我に返った。振り返ると、呆れたような表情のイノリとイナリ。完全に二人のことを忘れてた。
「ってあれ? そう言えばえいちゃんどうやって入ってこれたの?」
「まぁ式神だからな」
今更ながら聞くと、イナリが答えた。それに私はうーんと唸ると、えいちゃんに笑いかけて頭を撫でた。
「えーっとえいちゃんはイナリと「式」っていうお仕事をしてるんだよねー。お疲れ様ー」
「その言い方……面白いよね、日和は」
ぷっと笑いながら言うイノリ。それに私は振り返って首をかしげた。
「そっかな」
「……叡羅、
すると不意にイノリはえいちゃんを見て、静かに言うとえいちゃんもイノリの方を向いた。両方ともなんだか顔は普通だけど心なしか真剣な目で会話している様子だ。念話かな、すごいよね。少しするとこくりとイノリがうなづいた。
「なっちゃんがどうかしたの?」
なっちゃんとは那俊――イノリの仕事の相方のことだ。それにひと間を開けると、イノリは窓の外を見た。
「まぁね、裏稼業の方で仕事してもらってたから」
そう言いながらイナリは前髪をかき上げた。
ふわりと風が吹く。
そのわずかな時間、気のせいかイノリとイナリの表情が変わった気がした。
違う。表情は変わっていなかった。けれどその気配と、瞳が。
どこか、深くて暗くて。
私はそれをどこかで、以前見た気がした。
宮司の手伝いの他に 物心付いた時からやっているという二人の仕事――神社の裏稼業。
彼らの仕事をする姿を、私は見たことがある。
一度だけ、二人には内緒に。
フラッシュバックする記憶。
二人の怖いほど強い何かを秘めた、瞳。
私の知っているはずのない、色。
底知れない、ナニカ。
ゾクッ
わからないけど、何かに怯えて私は無意識に自分の手でもう片方の手を守るように握りしめ、少し後ずさりした。
どうしてか、イノリとイナリがとても、怖いモノに思えた。
幼馴染だよ、二人は。なにを恐れることがある?
そう自分に言い聞かせ、心を落ち着かせた。
大切な親友なんだ二人は。
そう、小さい頃からずっと一緒だった。
あの時、会ってからずっと、二人は親友で、そばにいた。
そばに――――
そう思った途端、なにかが心の奥で引っかかった。
突然、胸が苦しくなった。
そう、ずっと一緒だった。そうだよ一緒だったよ、イノリとイナリは。
私が死ぬほど辛かった時も、二人は泣きながらそれでも手を離さなかった。
あれ? 死ぬほそ辛かった時?
それはいったい
――――いつのことだったんだろう。
「日和?」
はっとその声に気がついて見ると、イノリとイナリが不思議そうな顔をしていた。今回は前みたいにそんなに心配そうじゃない。だからきっと、そんなに時間はたってないんだろうと思った。たぶん数秒。けれど、私は5分くらいに感じていた。
「なに?」
私はなるべく手の震えを見えないように隠しながら、笑った。
握っていた手は少し汗ばんでいた。
額に冷たい汗が伝う。
でも心配させちゃだめだ。せっかく熱も下がったのに。
そう、もうこれ以上心配かけたくない。
心配かけちゃいけないんだ。
私は手を離すと震える片手を後ろに隠した。
そして無意識にもう片手で右首筋を押さえた。