第二章 セカンドインパクト
「再来ぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいい!!!!!!!!」
「また貴様かぁぁぁぁああああああああ!」
突然前触れも無く戸棚から飛び出してきたアレ。怒りや悲しさ、空しさを超えたなんとも言えないムカつきで思わず自分も叫んでしまった。あ、ご近所に迷惑だ。だがこの際やむを得ない。
こうしてうれし懐かしを微塵も感じさせない再会がはたされてしまった。
「悪いかぁあああ!?」
「っていうか一ヶ月前の米の癖に腐ってないのか!?」
「んなの転生して再びお主の前に米粒として舞い戻ってきたに決まってるだろがあああああああああああ!!」
「いや、舞い戻んなよ」
ほんと、なぜ戻ってきた。
逆ギレされながら当然のごとく言われた言葉に、妙に頭が冷めながら突っ込みを入れた。
また偶然にも家に誰もいない。
何でいないんだよ畜生。
どこかにおわす運命の神に落とし前をつけてやりたくなった。いや、神は悪くない。悪いのはこの変態だ。
「いや、だって会いたかったんだもん、米として」
「米としてかよ」
他に生まれ変わりたかったものはなかったのかよっ。頭を抱えたくなってきた。しかかも『もん』って可愛く言うな!
「それに風選の意味を教えてなかったからな、すまない」
「いや、そんな知識いらねぇよ。つか忘れてたし」
本当に今の今まで忘れてたことを米殿下は蒸し返したいらしい。てーか聞きたくない。もう米に関することはもう聞きたくないんですよ。お願いですから……
「風選とは籾から籾殻やしいなを取り除いて白米つまり精白米とすることだ」
どこまでも身勝手ダンディズムゴーイング・マイ・ウェイかっ!
心の中でお願いしたにもかかわらず、やはり米殿下は話したいらしい。いや、ほんと流石だよ米殿下。……と、諦めるわけあるかっ。
「いや、なにしゃべってんの。というかお引取り下さい、今すぐ」
「そうか、なら知ってるか? 日本は米文化なんだぞ、米文化。食には欠かせないものだ!」
またもや聞いてねぇぇぇぇ!
なんだか頭が痛くなりながら、重いため息をついた。そしてそのまま構わずしゃべり続ける米殿下。
ああもうなんなんですかもう。この生命体言葉通じてるんだよね? つか本当に勘弁してくれ。
なに? もしかして好かれちゃったとか? いや冗談じゃないサブイボが出てきたじゃないですか。いやだなもう。
……って言うか
ぴたりと固まると、
米文化……食には欠かせないっつった?
恐る恐る米殿下を見た。
笑顔でダンディな顔をしたつぶらな瞳の米殿下が熱く語る米話。
しょ、くに……かかせない?
冷や汗が額ににじんだ。しかし米殿下は構わず相変わらずのマッスリィなダンディズム的な笑顔で話を進めた。
「そう身近にある物で言うと醤油だ。これは欠かせないなはっはっは!」
しょう、ゆ?
知らなかった。醤油は全部大豆でできていたと思っていた。いや、そうであってほしい。でも、米殿下が嘘をつく理由がない……なんとなく。ということは……。
途端、醤油がとんでもないもののように思えてきた。いや、だって米、使われてるってことは米殿下のエキスが……。
と考えたところで思考が停止した。不幸なことに像増力たくましい自分を恨む。本当に恨みたい。想像してしまった自分の愚かさにタコ殴りしたくなる。というか日本って米文化とは知ってたけど、まさか醤油まで米殿下テリトリーとは……。
眩暈がした。
駄目だ。ある意味モザイクのかかった発禁ものだ。というかPG13もPG18も更にも越して宇宙上にあってはなら無いものだ。
「あとは酢」
「すっ!?」
驚愕に引きつった表情になる自分。いや、これは知っていた。けどなるべく考えまいとしていたんだ。
それを普通に驚いたとおとりなすったのか、うれしそうにうなづくと、米殿下は……。
そこで嫌な予感がした。
米殿下の表情は『まだあるんだぞう☆』と言っているように見えた。
そして……
「まだ驚くのは早い。まっだまだあるんだぞ!」
うっそだろ!?
得てして、自分に都合の悪いものは的中するものだと、悟った。
「味噌、餅、酒。それに小さい頃図工で糊使っただろう? あれも米は欠かせないな」
「やめ……」
「あ、あと実は飴なんかにも使われたりするんだぞおう? つまりドロップも込み」
ぎゃアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 『蛍の墓』の子があああああああああ!!
声にならない叫びを上げた。
微笑ましいというか悲しいかの名作アニメが別の意味でグロくになってしまった。
そこでやっと異変に気づいたのか、不思議そうにこちらを見なすった米殿下。早く気づけよこの米野郎がっ。
しかし、自分には気持ち悪すぎて怒る元気も無かった。
「ほんと、止めてくれ。もうなにも食べられなくなるから黙って」
嘆願するように米殿下に言った。
「ただでさえあれからご飯を食べる気がめっきり減ったというのにっ」
そう、一ヶ月前。
米殿下が来てから自分はうまくご飯を食べることができなくなっていた。白いご飯を見るたび、米殿下×一億(推定)がこちらを見ているような気がして。
おかげで少し痩せてしまった。うちは日本食メインだ。朝もご飯派。そんな家族の中で突然ご飯を食べたくないと言い出したものだから、なら自分でご飯作れとか怒られちゃったし。
もう、どうしたらいいよ自分。
本当の理由なんぞ言ったところで誰も信じるわけねー。というかほんと自分自身夢であってほしいと思ったくらいだった。
だから……
「ほう、私を敬うことはよいことだ」
「食欲無くなったつーてんじゃボケぇぇぇぇぇぇえええええええ!」
全身全霊で米殿下を抹殺したくなった。
「米文化を伝授してなにが悪いかあああああああああああああ!!」
「聞いてねぇえっつってんだろがああああああ!!」
「人の話は聞くもんだとかあちゃんに教えられんかったのか貴様はあああああああああ!!」
しーん
「な、なんだ」
急に黙り込んだこちらに米殿下は躊躇ったようだ。しかしもういい。にっこり笑うと米殿下に向かって一礼した。
「わかった。今までお世話になりました」
さらに戸惑いを示す米殿下。うわなんつーかつぶらなの瞳がうぜぇ。
とりあえず、その気持ちをぐっと抑えた。
「これから一生米とは縁のないパン食にします。はいさようなら永遠に」
「な、な、な、麺麭だと!?」
「いや、わざわざ漢字変換しなくてもいいですよ」
「え、なにその悟ったような表情!?」
「わざわざ再び米に転生までして頂いて申し訳なかった」
再び頭を下げるこちらに対し、米殿下は絶句した。しかし、すぐにわなわなと震えだした。うわ……マジきめぇ。
「この、このっ……浮気者!!!」
「は?」
「今までおいしそうな顔して私を食べていたのにっどうして今更捨てるのよっ! そんなに『あきたこまち』が嫌いになったの!?」
え、なにその展開。
しかもさり気に気持ち悪いことを言わなかったこいつ。いや、幻聴だ。幻聴に違いない。くそぅ、わざわざ必死でこの一ヶ月忘れようとしたことをっ。
「つか」
そこではたと気がついた。
「どうしてうちが『あきたこまち』派だと知っている」
米殿下を睨みつけだ。
そう、まだ他の品種だったならともかくうちは『あきたこまち』。だからなおさら食べることができなかったのだが……。
「え? 企業ひ・み・つ?」
「死ね」
冷たく嫌悪の眼差しを向けながら言ってやった。可愛らしく言っているつもりなのか知らないが、ウインクすんな。
というか自分、結構米殿下を直視するのに慣れてきたなぁ。などと少しアンニュイな気分になってきた。うわ、こんな適応力いらねー。
「もう! 稲じゃなくて米だよ、稲は植物としての米の呼称なんだからっ」
「いや、だからいねっつってんだよ」
だんだん苛立ってきた。しかしやはりマッスリィダンディズム米殿下は頭(?)の中までマッスリィらしい。やはり聞いてねぇ。つか稲でも米でもどっちでもいいだろ。
「それをゆうなら『ヨネ』って呼ぶがいい。あ、ちなみに『ヨネ』は『コメ』の古い言い方なんだぞ? つまり本名? 真名? うわ言っちゃった! 君は特別だぞぉう!!」
「……」
あ、そろそろ普段は温厚な自分もキレそうになってきたなぁ?
でもここは頑張って穏やかに笑顔で追い出してやる。あっはっは。
「わかった、『ヨネ』、今からこの家から出ていただけないでしょうか?」
「わぁいやっと名前を呼んでくれたぁ」
ブチッ
米殿下の言葉とともに何かが切れる音がした。
あ、臨界点キター。
「あ、ぬ、糠喜びだったかな?」
ここまでして体を張った冗談まで言う米殿下を尊敬する。うん、すごいよ自分にはできない業だ。
ゆらりと米殿下に近づくと、にぃっこりと笑った。
「ま、待って! まだ言ってない米ネタが――――!!」
懐からすっと割り箸(前回は新品だったが今回は洗ってリサイクルしたもの)を取り出すと、ヤツを掴んで猛ダッシュで窓を開け外へ……
「悲しみの無い自由な空へ飛んで逝ってしまええええええ!!」
「ふぉぎぶみぃあああああああああああああああ!!」
ぶん投げた。
こうして再び現れた米妖怪は空の彼方へと消えた。
これから二度と会うことはないだろう。そう、会わないに決まっている。つか、こんなこと三度もあってたまるか。
というか会っても今度こそ別のものに生まれ変われよ、米殿下。
せめてまだマッスリィでも人間であってくれ、頼むから。